掲載日 2013/12/18
東北の旅その8
三日目B四日目@
雷神山古墳から
撮影日2013/10/1〜6

三日目、日暮れ前に、大きな古墳の見学だ。
実は、東北の旅に行く前は、雷神山古墳と遠見塚古墳しか知らなかった。

仙台市・名取市・岩沼市の地図

宮城県の地図g

雷神山古墳と小塚古墳
国史跡
名取市植松字山
撮影日
2013/10/3

16時20分 着。 駐車場は公園の北側にある。

東北地方最大の古墳・雷神山古墳と、その北にある小塚古墳は、史跡公園内に保存されている。

雷神山古墳   パノラマ写真


史跡雷神山古墳保存整備案内図
 (現地案内板から)
左・小塚古墳  右・雷神山古墳

雷神山古墳の前方部端は
 墓地となっている。
雷神山古墳の北側に、
 小塚古墳がある。
雷神山古墳は 全長168mの前方後円墳で、東北地方最大の前方後円墳。
 後円部径96m・高さ12m 前方部長さ72m・高さ7.2m・前方部前幅96m
 前方部2段築成、後円部は3段築成 葺石あり
 周堤と周濠がある。

小塚古墳は、径54m・高さ8mの円墳   周堀あり 3段築成 葺石なし 埴輪なし。

埴輪壺や底部穿孔壺型土器などが出土。
内部構造は未調査のため不明。
出土した埴輪や土師器などから4世紀末〜5世紀初頭の築造と考えられている。

名前の由来は、古墳頂部に雷神を祀る祠がありそれにちなんだもの
昭和51・52年度に、環境整備の基礎資料を得るための確認調査。


雷神山古墳 
前方部脇の「たかまり平坦部」から後円部を見る

雷神山古墳
前方部から後円部を見る

雷神山古墳
後円部から前方部を見る

雷神山古墳 後円部側周堀跡から墳丘を見る
左手前・後円部

雷神山古墳 後円部頂には小さな祠がある。
雷神様。

小塚古墳から雷神山古墳後円部を見る
 


小塚古墳 雷神山古墳後円部から見る

小塚古墳 周堀跡

暗くなってきた・・・・・。

遠見塚古墳
国史跡
仙台市若林区遠見塚1丁目
撮影日
2013/10/3

歴史公園として復元整備されているが、駐車場はない。





史跡遠見塚古墳公園入口






遠見塚古墳は、全長110mの前方後円墳  東北地方で5番目の大きさである。
 後円部径63m・高さ6.5m 前方部幅37m・長さ47m・高さ2.5m
 後円部は二段築成。葺石なし、埴輪なし
 周囲には濠がめぐらされている。
 戦後アメリカ占領軍が、飛行場建設のための土取りで、古墳を削平した。
 後円部に、2つの粘土槨があり、中に割竹形木棺が納められていた
 副葬品は、東槨からのみ小玉4点、管玉1点、竪櫛20点が出土している。
  4世紀末〜5世紀初頭の築造と推定されている。。
 古墳の外から土師器がみつかっており、
  7世紀頃までこの場所で祭祀が行われたらしい形跡があるが、古墳との関連は不詳である。


遠見塚古墳全景

左(北側)後円部


遠見塚古墳 前方部から後円部を見る

遠見塚古墳 後円部から前方部を見る

  

法領塚古墳 仙台市若林区一本杉町
 聖ウルスラ学院内
撮影日
2013/10/3

17時23分 着。はっきり言って、真暗・・・・・。路駐で、急いで見学。
学校内にあるので、学校の体育館の明りのおかげで、何とか見学できた。
写真は、ダメだけど・・・・。

法領塚古墳は、径55m、高さ6mの円墳。周溝を持つ。

法領塚古墳 墳丘図
  (説明板から)
南に開口する横穴式石室は、全長約9m
玄室部は長さ約5.7m、幅・高さ約1.9m。
琥珀玉や直刀、馬具、
 銅鋺、土師器、須恵器などが出土している。
7世紀前半の築造と推定されている。
2010(平成22)年11月、仙台市教育委員会の発掘調査で、
 本来は径50m以上で2段築成の円墳であるとわかった。
古墳時代終末期の円墳としては東北地方最大規模になる。
古墳の周りは、江戸時代以降は屋敷となり、
 昭和29年に、学校が建てられてからも大切に守られてきた。

法領塚古墳 現状はずいぶん小さくなってしまっている。
まん中の説明板の後あたりに、石室が開口している。

法領塚古墳 石室内部
(説明板写真から)


兜塚古墳の近くを通りかかったが、午後6時ごろとなり、真暗でさすがに、見学は諦める。
 (兜塚古墳は全長75mの帆立貝形前方後円墳・仙台南高等学校の校地にある)

今夜の宿泊は、秋保温泉・ホテル華の湯。夕食は、豪華で美味しかった。

売店で、プロ野球「東北楽天」優勝記念の地域限定みやげをゲット。

4日目の朝、朝食前に、ホテルそばの磊々峡(ライライキョウ)へお散歩。


名勝
磊々峡 仙台市太白区秋保町
撮影日
2013/10/3

磊々峡は奥羽山系二口渓谷から発した名取川が、急に川幅を狭め、急流となり、流勢を減じて紺碧の深淵となる。
両岸は秋保石と呼ばれる石英安山岩質凝灰角礫岩でできていて、奇岩怪石が磊々と重なりあい、景勝を豊かにしている。
昭和6年に、磊々峡と命名された。        (説明板から)

樹木が大きくなり、景色が見えにくくなってしまっているのが残念だ。
ホテルに戻り、朝食後、村田町に向かう。

村田町・針生古墳につづく。  

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