更新日2015/1/6

群馬県・2014  その3 藤岡市  2014/11/21~24

1日目、もうかなり見学したが、まだ午前中だ。模様積石室があるという藤岡市に入る。

藤岡市の地図

喜蔵塚古墳
 市指定史跡

(白石古墳群)

藤岡市白石字中郷
撮影日2014/11/21

11時40分 着。
藤岡市白石字中郷の飯玉神社の西にある田村氏宅の敷地内にある。
田村家の入口手前に簡単な説明板と案内標柱が立っている。
神社に駐車場がある。外にいた女性に挨拶して見学。

 喜蔵塚古墳は 東西径20m・南北径20.7m・高さ6mの円墳(か方墳)
  通称「田村塚」という。
 南に開口する
横穴式石室は、両袖形で 全長7.04m
  羨道長4m・幅1m    玄室長2.55m・奥幅2.07m・高さ1.8m 底面に凝灰岩の敷石が一部みられる。
 
7世紀末の築造と推定されている。
 白石古墳群の西端の古墳。


喜蔵塚古墳


現地案内板では円墳だが、
    市史では方墳となっているそうだ。


墳丘は小さくなっている。


石室入口

羨道から玄室を見る

奥壁 きっちり組み合わされた切石。すごい!
天井石は1枚。

玄室から外を見る
玄門もすばらしい

お昼になったので、  ローソン・藤岡芦田店で昼食を買い、次の見学地・諏訪神社のベンチで食事。 

諏訪神社古墳
他 2基

藤岡市藤岡
撮影日2014/11/21

JR八高線「群馬藤岡」駅の南約1kmの諏訪神社境内に古墳がある。
駐車場あり。石室は許可をもらって見学。


諏訪神社

境内には3基の古墳がある。


中央の社殿があるのが、諏訪神社古墳後円部。
その左には、周堀を利用した池
池の向こうには、諏訪神社北古墳
写真には写っていないが、
   右側に、もう一つの古墳が八坂神社として祀られている。



諏訪神社古墳

藤岡市白石字中郷
撮影日2014/11/21

後円部上に、諏訪神社社殿がある。

 諏訪神社古墳は 全長57mの前方後円墳  後円部径37m・高さ4m
 墳丘上に諏訪神社が建てられていて、変形している。
  葺石あり 埴輪あり
 明治39年に石室が開口され、西南に開口する
横穴式石室が確認された。
  全長5.9mの両袖式で、切石積
  玄室長さ3.2m・奥幅1.94m・前幅1.88m・高さ2.18m  羨道長さ1.88m・幅1,3m
  玄室の奥に棺座を区画する間仕切り石がある。
  玄室入口には2石のかまち石がある。
 石室内から、
  人骨、銀環、単鳳環頭太刀・直刀・刀子・衝角付冑・挂甲小札・鉄鏃・金具・須恵器・馬具などが出土
 後円部北側から東側の墳丘にかけて埴輪(円筒・朝顔・ゆぎ・鞆・人物)が出土
 
6世紀後半の築造と推定されている。   

諏訪神社古墳墳丘 石段の辺りが前方部

社殿後ろ南脇にある石室開口部(説明板後ろに開口)

石室入口から羨道を見る

羨道から玄室を見る

奥壁手前に棺台のためと思われる間仕切り石

玄室から外を見る かまち石が二つ
玄室の床が羨道より低くなっている。

社殿背後から見た墳丘 後円部側
 向こう側に前方部

北側にある池は周堀を利用したもの
奥は諏訪神社北古墳



諏訪神社古墳の南にある八坂神社
もう一つの古墳


周りが石垣で囲まれていて、高くなっている。

 詳しいことは分からない・・・


諏訪神社北古墳
(藤岡4号墳)

藤岡市白石字中郷
撮影日2014/11/21

諏訪神社古墳の周堀を利用した池の北側には、諏訪神社北古墳がある。

 諏訪神社北古墳(藤岡4号墳)は 径25m・高さ2mの円墳
  南南西に両袖型
横穴式石室が開口している
   玄室長さ3.4m・奥幅1.8m・前幅1.8m・高さ1.7m

  諏訪神社古墳の陪塚とされているようだが、時期が違うのではないかという説もある。


諏訪神社北古墳
  高山社古墳ともいう




墳丘上には
  高山社の創始者高山長五郎の碑が建っている。

石室入口

羨道は自然石

玄室は切石を利用 

内部から外を見る


霊符殿古墳

藤岡市藤岡字東裏
撮影日2014/11/21

諏訪神社の北約200mの天竜寺境内にある。寺駐車場あり。説明板あり。
墳丘は、木が茂っていてよく見渡せないが、墳丘上に霊符殿がある。

 霊符殿古墳は 径33m・高さ5.9mの円墳 (以前は前方後円墳といわれていた)
  東側はJR八高線で削られている。 墳頂に霊符殿が祀られている。
  墳丘の西側は、周溝の名残の窪地となっている。
  南に開口する
横穴式石室は両袖形で、全長9.02m 玄室長4.97m・奥幅1.73m・高さ1.84m
    石室の積み方は、珪岩質の転石を中心に細長い棒状の片岩をまわりに配した
模様積
  古くから開口しているので、出土品は不明。
  
6世紀後半の築造と推定されている。

墳丘は良く見えない

石室開口部 石室には入れない・・・

石室内部
玄室は模様積

墳上の霊符殿

西から入り天竜寺を通って、霊符殿古墳を見学したが、霊符殿には北側の石段から上るようだ。

平地神社古墳

藤岡市中大塚
撮影日2014/11/21

美土里小学校のすぐ南に、平地神社古墳がある。この石室も模様積のようだが、中には入れない・・・・。
説明板あり。駐車場は特にないが、駐車できます。

 平地神社古墳は 径33m・高さ3.5mの円墳
  2段築成
  葺石あり 1段目のテラスに埴輪列あり
  南に開口する
横穴式石室は両袖形で全長9.7m  玄室長5.3m・奥壁高さ1.9m
   石室は羽子板状で、わずかに胴張り
   玄室は、珪岩質の転石と棒状の片岩を用いた
模様積
   羨道は河原石の乱積み   入口には、台形状の前庭がある。
   前庭の大きさは上辺幅2.42m、下辺幅4.95m、長さ3.65m
  石室内から直刀、刀子、鉄鏃、耳環、馬具などが出土
  
6世紀後半の築造と推定されている。
 市内の模様積み石室をもつ古墳では最大規模

 1960年に発掘調査                    (説明板・古墳辞典から)

平地神社古墳

石室開口部 前庭が広い!
入れない・・・

石室内部
クモの巣にカメラの焦点が合ってしまって、撮れない。

墳頂にも建物があるが、
平地神社社殿は墳丘の横にある。


平井地区の古墳
(白石古墳群・下郷支群
)

藤岡市白石字滝
撮影日2014/11/21

堀越塚古墳を探しに行ったが、墳丘が、ポコンポコンとあって、堀越塚の見学を忘れてしまった。
白石古墳群の下郷支群(15~66号)だ。
ほとんど円墳だが、萩原塚古墳は前方後円墳。


平井地区27号

平井地区32号墳

左・平井地区32号墳  右奥・34号墳

29号墳 林の端にある。
林の外側からも見える



萩原塚古墳
民家裏の林の中にある。
横穴式石室が見学できるらしいが、見逃した・・・

 
全長40mの前方後円墳
 後円部径21~24m(復元径25m)・高さ4m
 前方部幅18m(復元27.5m)・高さ4m

円筒埴輪・形象埴輪、
  鉄鏃、甲小札残片、銅製鈴、玉類などが出土している。


平井地区33号墳

林の中に大きな墳丘

円墳または前方後円墳

萩原塚古墳の小道をはさんで
向かい側にある。



見忘れた堀越塚古墳は、この辺りから100mほど南にあったようだ。
「七輿の門」ガイダンス施設にこの堀越塚の説明があった。

堀越塚古墳(市史跡)は、径25m・高さ2.5mの円墳 
  2段築成 葺石あり
  南西に開口する横穴式石室は両袖式
  玄室は長さ3.76m・奥幅2.52m・同中幅2.62m・同前幅1.75m 高さ2.18m 平面形は徳利形
  石室の壁は大きな珪岩を積み上げ、そのすき間に棒状の結晶片岩を差し込んだ乱石積みで、ドーム状になっている。
  古くから開口していたため副葬品は不明
  7世紀初めの築造と推定されている。   (説明板から)


白石稲荷山古墳
国史跡

(白石古墳群)

藤岡市白石字滝
撮影日2014/11/21

大きすぎて、遠くからでないと全体が分からない

 白石稲荷山古墳は、丘陵性台地上 標高12mに立地。
  
全長175mの前方後円墳 後円部径92m・高さ13.5m、くびれ部幅50m・前方部幅148m・高さ6m
 
白石稲荷山古墳 墳丘図  (古墳辞典から)

 周堀は、北と南で台地を切断する形で確認され、
         西側は自然の谷、東側は崖となっている。
 3段築成  くびれ部は狭く、途中からバチ形に開く。
 葺石あり
 円筒埴輪と朝顔形円筒埴輪列が
    後円部では3段にめぐり、前方部は基壇部と3段目にめぐる。


   墳頂部から東槨(全長8.2m・幅90cm)、西槨(全長5.3m・幅40cm)の
二つの竪穴式石室が確認されている。
     両槨とも、床に小砂利を敷き、壁に河原石を何段か積み上げ、白色粘土で被覆する構造
   鏡、直刀、装飾品類、石製模造品(石枕・刀子・案・杵・坩・箕・釧・勾玉・履など)などのほか、
    家、短甲などの埴輪が出土
  
5世紀前半の築造と推定されている。
  昭和8年(1933年)に発掘調査、   1985・86年に範囲確認調査
 
北にある十二天塚古墳と十二天塚北古墳は陪塚と考えられている。 
                                   (説明板・古墳辞典から)


白石稲荷山古墳 遠景

南南東約300mの
平井地区22号墳手前から見る

手前の建物右の小さな高まりが
    22号墳

 
南から見た墳丘

 
西から見た墳丘

前方部から後円部を見る

後円部から前方部を見る
裾がガバッーと広がっている。前方部幅148m!!

後円部頂

埴輪寄棟倉庫(東京国立博物館蔵) 説明板から
陪塚といわれている 十二天塚古墳と十二天塚北古墳
 十二天塚古墳・・・東西36m・南北24mの長方形墳 葺石・朝顔形円筒埴輪が墳裾で確認されている。 
             主体部は不明だが、石製模造品や鉄鉾などが多数出土

 十二天塚北古墳
・・・一辺21mの方墳 葺石なし埴輪なし
             主体部は稲荷山古墳の槨に類似している。玉類や朱などが出土。
 1987年に範囲確認調査

白石稲荷山の後円部から北を見る
右下の後円部の木々から延びている小道は
 十二天塚古墳と十二天塚北古墳の上を通っているらしい。

小道側から見る十二天塚古墳と十二天塚北古墳 
少し高まりがあるかな?
調査前は、一つの前方後円墳と考えられていた。
  
 前方後円墳と長方形墳と方墳が並べて配置される構図はめずらしい。
        (データは 古墳辞典から)


皇子塚古墳 と 平井地区1号古墳
ともに県史跡
(白石古墳群)

藤岡市三ツ木
撮影日2014/11/21

白石稲荷山古墳から北へ約400m、二つの古墳がある。
皇子塚古墳と平井地区1号古墳は並んでいるので、一緒に紹介する。
それぞれ説明板がある。



左:平井地区1号墳

右:皇子塚古墳



この奥側に
 平井地区2号古墳と2号北古墳がある。


南側にあるのが皇子塚古墳

 皇子塚古墳 (県史跡)は    径31m・高さ6mの円墳 4段築成
  南東向きに開口する
横穴式石室は、羨道・前室・玄室からなる複室構造
   全長8.33m、玄室長3.52m・幅2.1m 前室長1.89m・幅1.74m 羨道長2.64m・幅0.85mの両袖形
   前庭部を含めると12.16mとなる。
   石室は前庭部から前室までが河原石の乱石積み、
   玄室が凝灰岩の切り組み手法を取り入れた截石積みという特徴がる。
   玄門に框石、玄室奧には間仕切石がある。
  円筒埴輪・形象埴輪 土師器、須恵器、ビーズ玉、耳環、鉄鏃、馬具、環頭太刀などが出土
  
6世紀後半に築かれ、7世紀前半まで追葬が行われていたと考えられている。

石室の様子 (説明板から)

出土遺物 (説明板から) 単龍環頭太刀


皇子塚古墳 横穴式石室はみることができない。

墳丘には石が見られる。

皇子塚古墳の北約20mに平井地区1号古墳がある。

 平井地区1号古墳 (県史跡)は 径24m・高さ3.5mの円墳
  2段築成 幅広の基壇をもつ。
  北に開口する両袖式
横穴式石室は、全長6.8m 玄室長3.65m・幅2.1m 羨道長3.15m
   凝灰岩の切石積で、随所に切り組みの手法を用いている。
   玄門にはかまち石があり、玄室の床面が一段低くなる。
  墳丘上から 家・太刀・ゆぎ・帽子・鞆などの形象埴輪
  石室から装飾太刀・直刀・挂甲・鉄鏃・馬具・耳環などが出土。
 特に装飾太刀の銀象嵌円頭太刀・短鳳環頭太刀は貴重なもので、群馬県指定重要文化財となっている。
 
6世紀後半の築造と推定されている。
 1991年範囲確認調査

発掘時の墳丘 (説明板から)

銀象嵌円頭大刀     短鳳環頭大刀
国重文となっている。

平井地区1号古墳 石室は見ることができない。

葺石が見られる


平井地区2号古墳 と 2号北古墳
(白石古墳群)

藤岡市三ツ木
撮影日2014/11/21

平井地区1号古墳の東側すぐの斜面手前に、平井地区2号古墳と平井地区2号北古墳という2基の円墳が並ぶ。



左:平井地区2号北古墳

右:平井地区2号古墳


北側(左)の2号北古墳は、平成23年の発掘調査で、
  
七世紀前半の横穴式石室墳とわかった。
  円筒埴輪・人物埴輪が出土している。
  現在石室を見ることはできない。



平井地区2号古墳の露出した石材


南側(右)の平井地区2号古墳は石材が露出している。

 円筒埴輪・馬形埴輪・須恵器・土師器が出土している


七輿山古墳
国史跡

(白石古墳群)

藤岡市上落合
撮影日2014/11/21

皇子塚古墳の北西約200m。説明板あり。墳丘北側にはガイダンス施設がある。

 七輿山古墳説 全長146mの前方後円墳 県内三位、6世紀代では東日本最大
   後円部径87m、前方部幅106m 高さはともに16m


七輿山古墳航空写真
  (説明板から)

前方部を西に向けている


 墳丘の周りに内堀・中堤帯・外堀・外堤帯・3重目の溝がある。 
 中堤は古墳主軸方向の前方部方向と前方部南西方向の隅に方形上の造出がある。
 中提帯(2列)や外提帯の平坦部には埴輪列が立ち並ぶ。
 前方部前面にはコの字状に三重目の溝がめぐっている。
 三段築成 葺石あり
 円筒・朝顔形円筒・人物・馬・盾などの埴輪類や、須恵器・土師器が出土。、
 特に円筒埴輪は径50cm・高さ110cmで、7条の凸帯(タガ)がめぐる大型品で、全国でも稀なもの。
 埋葬施設は不明だが、横穴式石室と推定されている。
 
6世紀前半の築造と推定されている。
 1972年発掘調査 88~90年範囲確認調査4回の範囲確認調査    (説明板・古墳辞典から)
 現在、公園化が進み、ガイダンス施設も造られている。


七輿山古墳を 南東から見る

左奥・前方部 右・後円部

後円部から前方部を見る

後円部頂   首なし釈迦三尊がある・・・・

くびれ部から後円部を見る

前方部脇の周壕跡から墳丘を見る 奥が後円部


後円部東裾は削られて、
   五百羅漢があるが、頭の部分がない・・・・・。

何か説明があってもいいのにな・・・・・


七輿山古墳には、おそらく江戸も後半になって、
 後円丘の中腹に五百羅漢の石像が並べられ、
 丘の頂上に釈迦三尊の立派な石像が建てられたと思われる。
ところが、現在全ての石像の首が破壊され、もぎ取られている。
明治の廃仏毀釈の結果と思われる。

(HP神使像めぐりを参考にさせていただいた)
 七輿山の名前の由来は、羊太夫の伝説からきている
  奈良時代に新設された多胡郡を賜った羊太夫は、八束小脛という神童の引く天馬に乗って朝廷へ日参していた。
  ある日、羊太夫は悪ふざけで昼寝をしている小脛の両脇に1本づつ生えている白羽を抜いてしまった。
  すると、神通力を失った天馬が走らず、朝廷へ日参できなくなった。
  朝廷は羊太夫が謀反を図っているとして討伐軍を派遣した。
  八束城を追われた羊太夫の一族が落ち合った場所が「落合」という地名になり、
  羊太夫の女房ら7人がここで自害し、それぞれ輿に乗せ、葬ったので「七輿山」という名前が伝えられている。
                  (藤岡市HPから)


七輿山古墳くびれ部上から北側を見る


手前の周壕跡に接するようにある石垣の部分が

  美土里地区4号墳

  
 径14m・高さ2.3mの円墳だが、
     石垣で囲まれ、四角くなっている。
   円筒埴輪や人物埴輪が出土した。
   七輿山古墳の陪塚か?

その奥は
   花壇と、「七輿の門」と名付けられたガイダンス施設

七輿山古墳そばに、「七輿の門」と名付けられたガイダンス施設が造られている。駐車場あり
 鮎川西岸にある白石古墳群の主要部分が公園となる予定。


毛野国白石丘陵公園 基本計画図 
   (七輿の門内説明板から)



春は七輿山古墳の桜がきれいだという。

公園内には郷土博物館もある。



、歴史的景観を残しながら、市民の憩いの場となる総合公園になるそうだ。

白石古墳群 主な古墳
白石稲荷山古墳 前方後円墳 全長175m 竪穴式礫槨2








七輿山古墳 前方後円墳 全長146m  
十二天塚古墳 長方形墳 36.8×26.8m   
十二天塚北古墳 長方形墳 23×22m 礫槨
皇子塚古墳 円墳 径31m 横穴式石室
平井地区1号古墳 円墳 径24m 横穴式石室
平井地区2号古墳 円墳 横穴式石室
平井地区2号北古墳 不明 横穴式石室
伊勢塚古墳 八角形墳 径27.2m 横穴式石室  
喜蔵塚古墳 円(方)墳 20mほど 横穴式石室  
宗永寺裏西塚古墳 前方後円墳 全長48m    
宗永寺裏東塚古墳 前方後円墳 全長30m 舟形石棺  
萩原塚古墳 前方後円墳 全長40m 横穴式石室  
堀越塚古墳 円墳 径25m 横穴式石室 未見学 

宗永寺裏西塚古墳 と 宗永寺裏東塚古墳
宗永寺にある古墳
(白石古墳群)

藤岡市上落合
 (撮影日2014/11/21)

皇子塚古墳から北約150m、
保育園もある宗永寺境内には、2基の前方後円墳がある。 寺駐車場あり

宗永寺の境内西側にあるのが、宗永寺裏西塚古墳

 宗永寺裏西塚古墳は 全長48mの前方後円墳   後円部径30m・高さ4.8m 前方部幅29m・高さ4.8m
  墳丘上は、堀越家一族の墓地になる。

南から見た墳丘 右側後円部

後円部側

後円部から前方部を見る

前方部から後円部を見る

宗永寺の東側にあるのが、宗永寺裏東塚古墳

 宗永寺裏東塚古墳は  全長30mの前方後円墳 
 墳丘は完全に墓地化。
 ここで出土した石棺が、宗永寺裏西塚古墳のそばにに保存されている。
 
凝灰岩製のくり抜き式舟形石棺で、
   長さ2.35m幅0.86~0.92m・高さ0.6m、側面に楕円形の縄掛突起が二個二対ついている。
 副葬品については、石棺が掘り出され、墳丘が墓地となった時代が古いため、何も伝わっていない。


左奥・後円部  右・前方部
墓地となり、改変されていて形はよくわからない

写真がなかなか撮れなかった・・・

宗永寺裏西塚古墳のそばにに保存されているが、
東塚古墳から出土した石棺といわれている。

横の破片は、蓋石のものか


伊勢塚古墳
県史跡

(白石古墳群)

藤岡市上落合
 (撮影日2014/11/21)

有名な模様積石室の古墳。   そばのコンビニに駐車させてもらう。
説明板あり。  石室に自由に入れるのがいい。  模様積も素晴らしい。

 伊勢塚古墳は 当初円墳といわれていたが、
  径27.2m・高さ6mの不正八角形墳
と考えられている。
 
伊勢塚古墳実測図 (古墳辞典から)

 4段築成の最下段は不正八角形で、2段目から上は円形
 葺石あり 埴輪あり
 
両袖形横穴式石室は、長さ8.9m 
    玄室長4.7m・奥幅1.84m・中幅2.41m・前幅1.54mの
           流麗な曲線を描く胴張りプラン
    羨道長4m
   
模様積みと称される独特な石積み技法で、ドーム状の構造。
   疑似まぐさ石も仮設されている
 須恵器や埴輪が出土 (2段目から円筒埴輪・人物埴輪・盾形埴輪が出土)
  
6世紀後半の築造と推定されている。
 白石古墳群の北端となる。
  模様積みとは、珪岩質の転石を中心に片岩製の棒状の石を配するという石の積み方
 1987・97・98年(昭和62年・平成9・10年)に範囲確認調査




南から見た伊勢塚古墳

石室開口部

西から見た墳丘 列石は本来のものなのか?

羨道から玄室を見る

玄室の模様積   幻想的・・・・・・!

奥壁は切石積み

玄室から外を見る

模様積をいくつか見学したが、伊勢塚古墳が一番だ。

 ローソン 藤岡上落合店(上落合310-4)で、チョコを買い糖分補給。時刻は午後3時。
 高崎市に戻る。

高崎市・山名古墳群につづく

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