更新日2015/9/17

氷見の古墳その2
氷見市史から
2015/5/3・6

氷見市の代表的な古墳は、柳田布尾山古墳だが、氷見市史には、氷見の古墳が詳しく掲載されている。
なんとたくさんあるのか!!
これを参考にして、氷見市の古墳探索へ・・・・・

地図g

5月の連休中、二日間、氷見市に通う。
その1として、泉古墳群・泉往易古墳群を紹介した。泉古墳群・泉往易古墳群のページ

その2です

速川神社古墳群
上庄川流域の古墳群
氷見市新保・早借
撮影日 2015/5/3

滝尾山の南側ふもとから神社入口まで、車道が続いている。歩きを覚悟していたが、助かった。



速川神社古墳 配置図
(氷見市史から)

古墳番号 大きさ 高さ
1号墳 円墳 径24m 2〜3m
2号墳 円墳 径8m 0.6m
3号墳 円墳 径13m 1.3m
4号墳 円墳 径10m 1m
5号墳 方墳 11×11m 2m
6号墳 方墳 16×11m 1.5m
7号墳 方墳 12×10m 2m
8号墳 方墳 14×11m 1.5m


上庄川と早借川の合流地点の標高は14mである。
滝尾山の最高部は標高90.2m。

 速川神社古墳群は 上庄川と早借川の合流地東側に続く滝尾山の丘陵に分布する。
  滝尾山の山頂には延喜式式内社速川神社がある。
  古墳は速川神社の背後にあり、山頂部南西に最大規模の1号墳
  社殿をはさんで4基の円墳が並ぶ。
  そこから北西に下る丘陵尾根にには、標高68〜62mの間に4基の方墳が一列に並び、
  丘陵先端部北側の急崖には新保横穴群がある。


  
滝尾山山頂の1号墳は  径24mの円墳で、高さは西側3m・東側2m (上庄谷側からの見かけが大きい)
   墳丘裾に平坦面が廻る。墳頂部には長径10mの広い平坦面がある

  3号墳は径13m・高さ1.5mの円墳
  5〜8号墳はやせ尾根に連続してつくられた方墳で、6〜8号墳の墳頂を尾根道が通る。

  昭和62年(1987)の古墳群踏査により発見された。

  中世のころ、神仏習合の坊舎が周辺に多くあったという伝承から、坊舎の基壇であったものがあるかもしれない。 

滝尾山南ふもとの速川神社鳥居

速川神社社殿入口の鳥居



速川神社社殿

社殿背後の左側に1号墳
  右側に3号墳



速川神社1号墳 南から見る

速川神社1号墳 東から見る

速川神社3号墳 手前は2号墳 西から見る

速川神社3号墳  南から見る

社殿建設で、墳丘が削られているような感じがするが・・・・・
5〜8号墳は、ジャングルになっていて入って行けず、見学断念・・・・・

中村天場山古墳
ナカムラテンバヤマコフン
上庄川流域の古墳群
氷見市中村
撮影日 2010/4/4

5年前に見学しているが、加筆してもう一度紹介する。

中村天場山古墳の位置
(氷見市史から)

上庄川の中流域左岸、平野中央部の丘陵に位置する。
平野部を東西に横切る国道415号線の南に見える小さな丘陵が天場山。
山頂に三角点があり、標高は27.5m。

平野部の標高は14m

丘陵は東西に細長く、古墳のある西側が山林
中央部が墓地、東側が畑地となっている



北から見た天場山


農地の中にある独立丘陵

この林の中に古墳がある。
 中村天場山古墳は、単独墳で 32mの前方後円墳
  前方部長さ12m・幅12m・高さ2.2m 後円部20m・高さ1.5m・幅18.5m くびれ部幅10m
  前方後方墳の可能性も残っている



中村天場山古墳墳丘測量図
  (氷見市史から)

中村地区の天場山の丘陵西側の最高所にある。
単独で造られている。
近接する中村神社の丘陵にも古墳は確認されていない。



 丘陵の東西尾根方向に主軸を合わせ、最高所を後円部として、前方部を東に向けている。
 後円部は尾根幅いっぱいで、最大幅がくびれ部寄りにあり、後端側にすぼまる。
 後円部後端は直線状で墳丘傾斜もやや急である。
 後端墳丘裾から西側へ約11mの平坦面があり、テラス状となるが後世の開削と考えられている。
 後円部からくびれ部にかけては直線状にくびれ、
   主軸と平行する部分を少しおいて前方部前端に向け墳丘裾が大きく広がる。
 前方部両側のコンターは主軸方向に平行である。
 前方部前端は緩く弧状に膨らむ。


墓地の西側に墳丘が残っている

前方部前端のところかな



後円部の墳丘


氷見の古墳その3(氷見市史から) へつづく・・・・

越中の遺跡トップページ

トップページ

灘浦の地図