金沢市  地図g

神谷内古墳群

金沢市神谷内
(撮影日2010/4/6)

 神谷内古墳群は、昭和47年に「金沢市遺跡地図」作成のための事前調査で確認された。
東西方向に走る3つの尾根上に15基以上の古墳がある。
平成12年、山側環状道路建設に先立って、神谷内古墳群C支群の発掘が行われた。

神谷内古墳群配置図

神谷内古墳群の最初の発見は昭和47年で、
15基確認された。
詳細は不明だが
A支群は、2基の円墳と1基の方墳
B支群は、3基の円墳と5基の方墳
C支群は調査前には、3基の円墳と1基の方墳が確認されていた。

発掘調査されたC支群は
  通称「チャウス」と呼ばれる標高66mの尾根にあり、
    古墳群最大の12号墳がある。

配置図と記事の内容が合わないような気がするがそのまま記す。
平成12・13年度に、C支群の12・13号墳付近の発掘調査がされた。
調査の結果、この2基以外に3基、16・17・18号墳が新たに発見された。
平安時代の火葬土坑と考えられる遺構や土器も確認された。
参考文献は
    市史金沢8{金沢における出現期古墳の一様相・平成12年度神谷内古墳群の調査から」
    金沢市史
    石川考古学研究会会誌・第22号「北加賀地域古墳群分布調査報告」

1号墳 方墳  16×12m・高さ2m
2号墳 円墳  径14m・高さ2.5m
3号墳 円墳  径15m・高さ2m
4号墳 方墳  15×12m・高さ2m
5号墳 方墳  10×15m・高さ2m
6号墳 円墳  径25m・高さ4m
7号墳 方墳  一辺15m・高さ1.5m
8号墳 方墳  一辺15〜20m・高さ2.6m
9号墳 円墳?  径10m・高さ2〜3m
10号墳 円墳  径15〜20m・高さ2〜3m
11号墳 方墳  一辺10m・高さ1.5m
12号墳 前方後円墳  全長27.5m・後円部径22m・高さ4m 発掘調査
13号墳 方墳  一辺14m
14号墳 円墳  古墳と断定はできなかった。 西半分調査
15号墳 円墳  径15m・高さ2m
16号墳 方墳  一辺12m 発掘調査
17号墳 方墳  一辺12m・高さ2.5m 発掘調査
18号墳 方墳  一辺5.5m 発掘調査
19号墳 方墳  一辺10m
20号墳 方墳  一辺7m

 神谷内古墳群C支群   発掘調査された古墳の内容  
  測量図

 平成12・13年度に、C支群の12・13号墳付近の発掘調査がされた。
 調査の結果、16・17・18号墳が新たに発見された。
 平安時代の火葬土坑と考えられる遺構や土器も確認された。
12号墳  細長く伸びた尾根の先が二股に分かれる最も広く高い所を利用してつくられている。
 全長27.5mの前方後円墳
 径22m・高さ4mの円墳に西側に6×7mの張り出し(前方部)がつく

 定形化前の前方後円墳
前方部周溝底からの墳頂までの高さ5m
 周溝は全周せず、
 尾根先の前方部西側は尾根を断ち切るように溝を掘り16号墳と接し、
 東側は18号墳の周溝と接している。
16号墳との境溝から土器や石製品が出土
4世紀前半第1四半期ごろの築造と推定されている。

 
12号墳実測図


北西(左上)に前方部

前方部の西は16号墳

北東(右上)は18号墳



 墳頂部は8〜10mの平坦面があったと推定される。
 墳頂部の埋葬施設は2度の盗掘を受けている。
 盗掘坑の東に半分以上破壊された主体部が確認された。
 盗掘坑から管玉2が出土
 盗掘坑の東に半分以上破壊された主体部が確認
 主体部は幅1.2m・長さ不明で 箱形木棺と推定されている。
 もう一つ主体部があった可能性がある。
 内行花文鏡・鉄斧・刀子が出土
 前方部周辺からは祭祀に使われたと考えられる土器・壺・高杯・器台が出土
 前方部やその付近に土坑墓4基が確認(ホケノ山古墳)
 土坑墓1基からガラスの小玉が出土

13号墳
 一辺約14mの方墳と考えられている。高さ2.5m
 墳頂部や南北両斜面の盛土はかなり流出している。
 東側の20号墳との境は幅1.8mの溝で尾根を切っている。
 主体部は残っていなかったが、南側の流土から土器片が出土。

14号墳
 19号墳から東50mくらいのところにある。
 調査前から確認されていた古墳
 調査区の東端で、西半分だけ調査。
 古墳と断定はできなかった。
16号墳 12号墳前方部の西に接する。
 一辺12mの方墳
 盛り土部分は流出し、原形を留めているのは一部のみ。
 主体部は残っていなかった。   刀子片1が出土。 
17号墳  C支群の最も尾根先にある。
 一辺12m・高さ2.5mの方墳
 主体部は南北3.6m・幅1mに幅0.9m長さ2.5mの箱形木棺が埋葬されていたと推定
 鉄刀・鉄斧・刀子・ヤリガンナ・翡翠勾玉・ガラス製小玉9が出土。
18号墳  一辺5.5mの方墳
 盛土がほとんど流出し、主体部も確認できない。
 墳丘流出の堆積層から小型の鏡1と碧玉製管玉1が出土。

19号墳
 一辺10mの方墳
 全長14mの前方後方墳の可能性もある。
 主体部は残っていなかった。  小型丸底壺片が出土。
20号墳  13号墳の東、19号墳の西にある一辺7mの方墳


2010年の神谷内古墳群

(撮影日2010/4/6)

石川考古学研究会会誌・第22号「北加賀地域古墳群分布調査報告」に載っている古墳の探索に行く。
昭和54年の発行で、我が長男と同じ年月を重ねている本。
当時と現在とでは、ずいぶん地形が変わっている。
道路が増えて、古墳が消滅していることも多いようだ。

市史金沢8「金沢における出現期古墳の一様相・平成12年度神谷内古墳群の調査から」
というのも見つけた。

山側環状線の神谷内トンネルと月浦トンネルの間の南側のループ道路の突き当たりの道端に駐車。
そこには山に続くと見られる遊歩道がある。まだ道路工事中である。



右下から崖っぷちに沿って遊歩道がある。

ここを登れば古墳に着くような気がして登る・・・・・・登る・・・・・・。
本当に古墳に着いた。
この場所は10年ほど前発掘調査された神谷内古墳群C群の12号墳だと思われる。
古墳が残っていることと、古墳に到る立派な遊歩道が作られていることに感動。すごい!
登り口に案内板があれば言うことない。

山側環状線の工事前に発掘調査して、古墳を削平するつもりだったのが、思いとどまり、
古墳のギリギリのところまで山を崩したという感じだ。
配置図では
12号墳の西に18号墳、その東に13号墳で、
13号墳の東側にはしばらく古墳がないようだが、
歩いてみると、尾根上に古墳状の隆起が続いているように見える。
古墳と確認されていないのか。
(この後、配置図を見て、古墳とわかる。)



12号墳・後円部から前方部を見る
全長28mの定形化前の前方後円墳







18号墳
12号墳と13号墳の間にある小さな方墳





13号墳
方墳




13号墳の東に続く古墳

このような古墳状の隆起が3、4基ほど確認できるが
よく分からない

C群見学の後、その北にあるB群そばの道路を走ってみた。
道路の南側に1基だけ確認できた。

ヤフー地図情報では、2010年5月現在、
神谷内古墳群の発掘時の航空写真が見られます。

小坂古墳部
 「神谷内古墳群・展示と報告会」
小坂公民館にて
撮影日2016/10/5

金沢市北部の小坂公民館には、「古墳部」がある。
神谷内古墳群の出土品の展示会と報告会が開かれると聞き、参加させてもらう。
金沢市埋蔵文化財センターの職員の方のスライドによる古墳群の概要の説明の後、出土物の説明があった。





出土品展示の様子


2001年3月に「小坂古墳群 C支群 平成12年発掘調査概報」も発行されている。
小坂公民館で貸していただき、じっくり読ませてもらった。

 17号墳出土の勾玉は、展示されていなかったが、出土品の展示を一部紹介する。

 出土品の紹介 

17号墳出土の鉄刀

  長さ771mm・幅30mm・厚さ11mm
  刀身は636mmで内反り
  目釘孔は1か所確認されている。
左 12号墳出土の鏡
 直径約76mmの内行花文鏡とか蓮弧文鏡とよばれる


右  18号墳出土の鏡
 直径約87mmの珠文鏡


下の図は模式図






左  12号墳出土の鉄斧
       長さ72mm



右  17号墳出土の鉄斧
       長さ117mm


上段2つは12号墳出土の管玉

左・直径6mm・長さ17mm・重さ0.94g

右・直径8mm・長さ20mm・重さ2.11g(12号墳)

下段左
18号墳出土の管玉
 直径6mm・長さ16mm・重さ0.81g

下段右
17号墳出土のガラス玉
 径8mm・厚さ6mm・重さ0.4g



鉄製品の展示

ヤリガンナ・刀子・鉄鏃など


一番長いのは、17号墳出土のヤリガンナ 長さ119mm


17号墳出土の土器

左から
  小型器台
   甕
    壺2つ

11月初めに発行された「小坂公民館だより」には
 この「神谷内古墳群出土品の展示会と報告会」に
小坂小学校・北鳴中学校の児童生徒や一般の人たち合わせて約180名の参加で盛況のうちに終了したとの報告があった。
実は、小坂公民館のある地域に長女一家が住んでいて、そこから情報をもらったのだ。


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