能美市(旧辰口町)      来丸古墳群と 山上組十村屋敷  のページ
 地図g  

来丸古墳群

能美市来丸町
(撮影日2011/9/16、10/21
2016/4/20 )

秋常山2号墳の「埋葬施設展示室」内にあったパンフレットを見て、見学に行く。

2011年の来丸古墳群

(撮影日2011/9/16、10/21)

能美市来丸町の物見山陸上競技場の北側の来丸物見山古墳群の前に説明板が立っている。


説明板




来丸古墳群は、
来丸古寺古墳群8基・来丸物見山古墳群3基・来丸古墳群4基・来丸気多神社古墳群2基の計17基が確認されている。
発掘調査がされていないので詳細は不明。
地表観察から、全て円墳で、7.5〜20mほどの大きさと考えられている。。
来丸物見山古墳群から、土師器の椀が出土。
5世紀後半〜6世紀前半の築造と推定されている。

       来丸古墳群の配置図


来丸古寺古墳群
1号墳 円墳 径14m・高さ1m
2号墳 円墳 径12m・高さ2.5m 一部損壊
3号墳 円墳 径11m・高さ1.5m 一部損壊
4号墳 円墳 径7.5m・高さ0.5m 裾部を残し削平
5号墳 円墳 径11m・高さ1m
6号墳 円墳 径12m・高さ3m
7号墳 円墳
8号墳 円墳
来丸物見山古墳群
1号墳 円墳 径11m・高さ1.5m
2号墳 円墳 径13m・高さ1m
3号墳 円墳 径8.5m・高さ1m
来丸古墳群
1号墳 円墳 径16m・高さ2.5m
2号墳 円墳 径21m・高さ2.5m 幅3〜4mの周溝あり
半壊
3号墳 円墳 径9m・高さ1.5m 半壊
4号墳 円墳 径15m・高さ1.5m 半壊
来丸気多神社古墳群
1号墳 円墳 径16m・高さ2.5m
 別に古墳状隆起1基が近接してある。

来丸物見山古墳群は除草がされていて、見学が可能だった。

来丸物見山古墳群
前に説明板がある。





来丸物見山1号墳





来丸物見山2号墳





来丸物見山3号墳






来丸古寺古墳群
テニスコートの北側に保存されている。

雑草で見学は困難。





来丸古墳群 2号墳
来丸古墳群の中では一番大きく見えたけど・・・・・。
横に1号墳がある。


来丸古墳群(円墳4基)は
陸上競技場の東側にある。



北側の道路から見た来丸古墳群




来丸気多神社古墳群 上り口

80段余の石段を上ると気多神社の社殿がある。




来丸気多神社古墳

社殿の東の林の中にある。
尾根の頂部にある。

発泡スチロールの保冷箱のふたに
「来丸気多神社古墳」と書いて立てかけてあるのが楽しい。
来丸気多神社古墳群は2基あるというがもう1基はよくわからない。
(神社がある所がもう一つの墳丘だと、2014/3/20の考古楽講座の時にきいた。)

2016年の来丸古墳群

撮影日2016/4/20

説明板が新しくなっていたので、新しい説明板の紹介を・・・。
来丸古墳群・・・来丸・来丸物見山・来丸古寺古墳群
           ライマル・ライマルモノミヤマ・ライマルフルデラコフングン




2016年見学時の説明板
来丸古墳群は、4基の円墳からなる
 群中最大の2号墳は、直径21m・高さ2.5mで、幅3〜4mの周溝がめぐっている。 

来丸物見山古墳群は、3基の円墳からなる。
 直径8.5m〜13mの大きさで、
   ここから出土したと伝わる土師器の碗が能美市立博物館に保管されている。

来丸古寺古墳群は、、6基の円墳からなる。 直径7.5m〜14mの大きさ

いずれも調査がされていないので詳細不明だが、
  5世紀後半〜6世紀前半の築造と推定されている。
能美古墳群よりひとまわり小さい規模を主体としているので、
 この被葬者は、能美古墳群に眠る人々を支えた村の有力者と考えられている。

来丸古墳群分布図  (説明板から)
この図は、北が下です。





伝 来丸物見山古墳群出土の土師器

       (以上 新しい説明板から)

来丸古墳群
広い意味での来丸古墳群の1支群

撮影日2017/4/25

能美市来丸町の物見山陸上競技場の北側の来丸物見山古墳群の前に説明板が立っている。
2016年4月に新しい説明板が立てられた。

広義の来丸古墳群の中の来丸古墳群の見学。
陸上競技場の東側の遊歩道の中に残っている。
来丸古墳群の配置図     (説明板から)

来丸古墳群
1号墳 円墳 径16m・高さ2.5m
2号墳 円墳 径21m・高さ2.5m 幅3〜4mの周溝あり
半壊
3号墳 円墳 径9m・高さ1.5m 半壊
4号墳 円墳 径15m・高さ1.5m 半壊


5世紀後半〜6世紀前半の築造と推定されている。
来丸古墳群は4基確認されているが、墳丘の北側が削られているものが多い。
道路を造ったせいだと思う。

1号墳  径16m・高さ2.5mの円墳

2号墳  径21m・高さ2.5mの円墳   幅3〜4mの周溝あり  半壊

墳丘 周溝跡も確認できる。

墳頂
3号墳  径9m・高さ1.5mの円墳   半壊



4号墳  径15m・高さ1.5mの円墳   半壊

写真だとよく分からないが、配置図通りに4基の古墳を確認できる。

来丸古墳群周辺の古墳

辰口八幡神社1号墳 円墳 径10m・高さ1m 墳裾部のみ残存
辰口八幡神社2号墳 円墳 径8.5m・高さ2m 一部損壊
上開発古墳 円墳 土取りのため消滅
辰口ましじ山古墳 円墳 消滅
寺畠薬師坂古墳 盗掘されているという

辰口八幡神社(古墳群)

能美市来丸町
(撮影日2017/4/25)

来丸古墳群の西約400mの辰口八幡神社境内に古墳が2基あるという。

辰口八幡神社1号墳 円墳 径10m・高さ1m 墳裾部のみ残存
辰口八幡神社2号墳 円墳 径8.5m・高さ2m 一部損壊

 


辰口八幡神社 高い所にある。

辰口八幡神社社殿

社殿横の高まり

墳丘かな?

墳丘の確定はできなかった・・・。

辰口ましじ山古墳というのもあったが、消滅していると聞く。
能美市辰口中央小学校の西側に「ましじ広場」と名付けられた公園があった。


「ましじ広場」
辰口ましじ古墳の跡地か?

東側(右側)は辰口中央小学校グラウンド


古墳のような高まりは、土管のトンネルのある築山である。


山上組十村屋敷跡
市史跡

能美市来丸町
(撮影2011/10/21)

来丸古墳群の隣にある。


山上組十村屋敷跡
十村は、複数の村を監督する役目を担った加賀藩独自の
農村統括機関で他藩でいえば大庄屋にあたる。
山上組十村は旧辰口町を中心として旧寺井町、川北町の一部、併せて37ヶ村を支配していた。
寛永18年(1641)の土室村の六郎兵衛が知られている。

十村役が来丸に屋敷を構えたのは享和年代(1801)初めごろの波佐谷文兵衛といわれいている。
十村役制度廃止の明治3年(1870)まで、敷地面積1300坪の役宅があった。



十村役太田家の墓所

元は辰口支所の辺りにあったが、移されたもの。



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