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寺家モスケ古墳

羽咋市寺家町

柳田台地の西、能登有料道路を越えたあたりに、大穴持像石神社があり、
その段丘先端部に寺家モスケ古墳があった。

寺家モスケ古墳のある崖を歩いてみたが、見つからなかった。
崖の真ん中に石室の大きな石が露出していたらしいので、危険なため撤去されたのだと思う。

「眉丈台の遺跡群」(1992 羽咋市教育委員会)の中に調査報告があったので、紹介しておく。
1990年、崖に石室が露出していたのが発見された。
墳丘は削平されていた。
周溝の跡なども発見できなかった。
石室は地山を隅丸長方形に掘り込んだ土坑内に造られていたと推定。
石室は奥壁付近しか残っていなかった。
石室の大半が消滅してしまっているので正確な石室形態はわからない。
石室内から須恵器の杯蓋・杯身・高杯・金環・ガラス小玉が出土した。

南側に退化した羨道部がある小型の横穴式石室を持つ
高さ1m前後・大きさ10m程度の円墳もしくは方墳
と考えられている。

大穴持像石神社

羽咋市寺家町
(撮影日 2007/4/29)

寺家モスケ古墳のあったところと同じ台地に鎮座する。


大穴持像石神社全景
古墳のようにみえるが・・・





大穴持像石神社社殿

小山を掘り込んで建てられている。



大穴持像石神社の境内にある
「地震石」

どういういわれがあるのだろうか?
大穴持像石神社といえば・・・・・
中能登町(旧鹿西町)の鳥屋塚を探したときの神社は
宿那彦神像石神社であった。
どちらも祭神は大国主尊が含まれているらしいが、なぜ「像石」という名が付いているのでしょうね?

大穴持像石神社と同じ台地上の西に能登一ノ宮の気多大社がある。

気多大社

羽咋市寺家町
(撮影日 2007/4/29)





気多大社神門(国重文)
国重文の建物・資料がたくさんある。

能登一ノ宮といいながら、神主問題で現在もめている。
どうなっているのでしょうね。

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柳田の古墳

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