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柴垣古墳群  

羽咋市柴垣

柴垣海岸には、標高20mくらいの海岸段丘が迫っていて
その丘陵上の先端部分に古墳が造られている

柴垣古墳群配置図



柴垣古墳群リスト

柴垣ところ塚 円墳
径25m・高さ4m
T字形の横穴式石室 須恵器・鉄鏃 6世紀後半
柴垣ごぜん塚 損壊 T字形の横穴式石室か 須恵器・紡錘車 7世紀前 
柴垣観音山古墳 円墳
径43m・高さ4.5m
二段築成 葺石あり 円筒埴輪・朝顔形埴輪 6世紀初め



円山1号墳 円墳
径21.5m・高さ2.5m
箱形石棺 人骨・甲・直刀・剣・刀子など 5世紀中頃
円山2号墳 円墳  径8m     6世紀後半
〜7世紀代         
円山3号墳 円墳 箱形石棺か  
円山4号墳 円墳    
円山5号墳   組合式箱形石棺  
円山6号墳 円墳  横穴式石室  
円山7号墳   横穴式石室  
円山8号墳 円墳  径10m 横穴式石室  
円山9号墳   横穴式石室  
円山10号墳      
柴垣親王塚 前方後円墳
全長35m
葺石あり
横穴式石室
須恵器の甕・壺 6世紀中頃
柴垣車塚 前方後円墳 現存しない    
柴垣ヤッキャマ古墳 石棺露出 箱形石棺 一人分の人骨
剣・刀子・鉄鏃・土師器
 

狭義の意味では、柴垣古墳群といえば、柴垣円山古墳群・柴垣観音山古墳・柴垣親王塚古墳のことを表す。
前方後円墳2基を含む約20基ということになる。

柴垣ところ塚古墳
(柴垣古墳群)
移築復元

羽咋市柴垣町本成寺内
(撮影日 2006/3/11)

「柴垣ところ塚古墳」は本成寺に移築保存されている。まず、本成寺を探す。

本成寺本堂

応永3(1396)年妙成寺五世日立上人が、旧柴垣駅前付近に創建、
明治29(1896)年、時の住職日有上人が現地に移転新築した。

庭園は古色優雅な枯山水であり、
特に大小数多くの庭石には、地元産の滝石が配置されており独特の風情がある。

寺の収蔵庫には、裏山にある円山古墳からの出土品が整備保存されている。


本成寺の墓地には円山1号墳の石棺が保存されている。
本成寺の境内に柴垣ところ塚古墳が復元されている。




柴垣ところ塚古墳全景

直径25m・高さ4mほどの円墳と推定されている。
柴垣ところ塚古墳は海岸に程近い平坦な段丘上にあった。
戦後の開墾に際して墳丘のほとんどを失い、石室下部石材が露出する状態に置かれていた。
1982(昭和57)年、圃場整備工事に先立ち、緊急発掘された。その後消滅。
羽咋市の旧歴史博物館の前庭に移築復元されたが、
  1994年、コスモアイルなどの建築の際、今の本成寺に移された。


T字型の横穴式石室
幅約0.79m・長さ1.6mの羨道部。
奥行き1.74m・幅4.46mの玄室。
6世紀後半の築造と推定されている。
出土品は、須恵器・鉄鏃

このT字型石室は全国で50数例あるが、その内の8割くらいは九州・畿内に集中。
石川県では他に能登島の蝦夷穴古墳の石室があるが、板石を小口積みとしない点で異なる。

ところ塚の北西約150m地点に、柴垣ごぜん塚古墳があった。
柴垣ところ塚古墳と同時に発掘調査された。
これも著しく損壊。
安山岩の板石で構築された石室(形は不明 T字型の石室かもしれない)
出土品は、須恵器・石製紡錘車。
7世紀代の築造と推定されている。

柴垣観音山古墳  
(柴垣古墳群)
県指定史跡

羽咋市柴垣
(撮影日 2002/10/13)

墳頂に観音堂がある。



観音山古墳
径43m、高さ4.5mの円墳
葺石がある。
幅3m・深さ0.5mの周溝がある。
古墳の上と二段目の平らな面には
  円筒埴輪と朝顔形埴輪がめぐっていた。
今は墳丘に観音堂が建っているだけ。
主体部は未調査。
古墳時代後期(6世紀初め)の築造と推定されている。

柴垣円山1号墳  
(柴垣古墳群)
県指定史跡

羽咋市柴垣
(撮影日 2002/10/13)

本成寺境内の墓場の中にある。
1970年発掘調査。



柴垣円山1号墳全景

径21.5m高さ2.5mの円墳
墳頂部平坦面は径13m
表面にはこぶし大の葺石がある。
幅0.285m・深さ0.3mの浅い周溝がある。
板石を使用した箱形石棺が見られる。


円山1号墳の石棺

長方形の箱型石棺がある。
安山岩の板石を使用。
長さ344cm・幅41〜66cm・高さ30〜34cmの中仕切りを持つ
    組合式箱形石棺である。
石棺の中は赤色の顔料が塗られ、
 40歳代の男性の遺体(身長158.1p)が安置されていたほか、
  刀、甲が納められていた。
古墳時代中期(5世紀中頃)の築造と推定されている。

柴垣親王塚古墳  
(柴垣古墳群)
県指定史跡

羽咋市柴垣
(撮影日 2002/10/13)


柴垣親王塚古墳は、全長35mの前方後円墳
  後円部径20m・高さ3.5m  前方部長さ17m・幅15.5m・高さ3.5m。
  人の頭ほどの葺石がある。
  後円部には、くびれ部付近に羨道を開く長さ7mの横穴式石室が大きな石を使って造られている。
  前方部の葺石の間から、甕や壷の破片が確認されている。
  6世紀中ごろの築造と推定されている

 2002年の柴垣親王塚古墳     (撮影日 2002/10/13)



円比(しいばつぶらひめ)神社


椎葉円比盗_社の社殿の下に古墳が・・・



親王塚古墳の葺石
葺石らしき石がごろごろ。

後円部には、くびれ部付近に羨道を開く


 2016年の柴垣親王塚古墳         (撮影日 2016/4/10)

椎葉円比盗_社 入口

椎葉円比盗_社 社殿
説明板がある。

後円部 右奥に前方部

人頭大からそれ以上の大きさの葺石を
見ることができる

前方部前面 手前には葺石が落ちている

後円部のくびれ部側に石室の穴が・・・

玄門あたりの天井部にすき間ができている。

カメラを突っ込んだら、玄室の撮影に成功した
羨道部はどうなっているのだろう?

南にある陪塚か 石材露出

北側の陪塚か

この柴垣親王塚古墳は、西側に前方部があり、
    横穴式石室はくびれ部南側の少し高い所に入口があると思われる。

柴垣ヤッキャマ古墳
(柴垣古墳群)

羽咋市柴垣

羽咋市立歴史博物館には、柴垣ヤッキャマ古墳の箱式石棺(複製だと思う)が、発見当時のまま展示されている。

柴垣ヤッキャマ古墳は北の志賀町との境界線近くにある。
1999年、道路の改修中、斜面に石棺が露出しているのが発見され、調査された。

板石を組み合わせた石棺には人骨1体が埋葬されていた。
剣・刀子・鉄鏃・土師器などが出土している。

羽咋市立歴史博物館の2階に復元展示されている「柴垣ヤッキャマ古墳の箱式石棺」を見ると、
箱式石棺がどんなものなのか、よくわかる。
柴垣円山1号墳の石材とよく似た石が使われている。

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