中能登町(鹿西町)    地図g  中能登町の地図y 

雨の宮古墳群   中能登町(旧鹿西町)能登部上・西馬場
 (撮影日2004/5/2)

邑知地溝平野を見下ろすように、眉丈山脈の最高峰「雷が峰」(標高188m)を中心とする尾根筋に
  前方後方墳1基・前方後円墳1基・方墳1基・円墳33基
の古墳群がある。
4世紀後半から5世紀初頭の築造と考えられている。

現在は1号墳2号墳のあたりが整備され、資料館「雨の宮能登王墓の館」も造られている。

資料館では、1号墳後方部の埋葬施設2基のうち、発掘された1基が、原寸大で復原展示されている。

邑知地溝平野のむこうには鹿島町の小田中親王塚と亀塚があり、
    勢力の大きさを張り合うように大きな墳墓を造った「王」の姿が見えるようだ。

雨の宮2号墳墳頂から1号墳を見る。

雨の宮古墳群配置図(この図は古いらしく、27号墳までしかない)


1号墳の北に方墳(以前は1号墳の張り出し部分と思われていた)と円墳があるはずだが、この図にはかかれていない。

1号墳全景

全長64mの前方後方墳
 後方部長39m・高さ8.5〜9m
 前方部長25m・高さ5.5m
2段築成で葺石をもつ。

後方部に2つの埋葬施設が確認されている。
1号墳後方部から前方部をみる

1号墳前方部は雨日陰比盗_社の本殿が建てられた時、
    一部が破壊された。
1号墳埋葬施設
埋葬施設の位地・大きさを表わしている

全長7.2m・幅2mの
粘土槨の中に
  長さ6.2m・幅80〜74cmの割竹形木棺が納められていた。
棺内は3区画に分けられていて、
  中央に遺体、両側には鉄製の武器や武具などの
    多くの副葬品が納められていた。
主な副葬品は
  銅鏡1・車輪石・石釧など腕輪形石製品19
     ・短甲1・銅鏃55・太刀・剣・短剣・鉄鏃など
17号墳

直径約16m、高さ約1.5mの円墳
1号墳よりも先に造られていた。

竪穴式石室は北側を頭に、長さ3.7m幅1.5mの規模で、
   大きめの板石8枚程度でふたをしてあった。
内部は未調査。
2号墳

全長65.5mの前方後円墳
後円部径42m・高さ7m 前方部幅28m

3段築成 葺石あり全長65mの前方後円墳
詳しい大きさはわかり次第記述します


7号墳(右側は5号墳につながる)




5・6・7号墳

いずれも2号墳より後に造られ、F→D→Eの順に造られた。

5号墳・・・直径約13m高さ約2mの円墳
 中央に長さ約5m幅役1.5mの木棺を直接埋めた痕跡がある。

6号墳・・・直径約12m高さ約2mの円墳
 裾を丸くするために5号墳を少し削っている。

7号墳・・・直径約8m高さ約1mの円墳
 5号墳が重なっている。盗掘坑がある。

5号墳(左側)と6号墳

雨の宮古墳群から南西に1kmくらいのところには、方墳2基、円墳3基のテンジクダイラ古墳支群がある。

また雨の宮古墳群から西4kmの鹿西町金丸の山麓に、
   日本で最古のオニギリを発掘
した弥生時代中期後半の高地性集落跡「杉谷チャノバタケ遺跡」がある。

現在、旧鹿西町は「オニギリの里 ろくせい」として全国に売り出し中です。

中能登町の地図y


杉谷チャノバタケ遺跡

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