北村さんちの遺跡めぐり
更新日2015/4/20

 神奈備山古墳とその系譜
冬季企画展「北陸最大級の横山古墳群」から
( あわら市郷土歴史資料館) 
2015/2/22
2015/3/24

地図g

あわら市郷土歴史資料館(あわら市春宮2-14-1 金津本陣IKOSSA内)の
  冬季企画展 「北陸最大級の横山古墳群-神奈備山古墳とその系譜-」を見学。
 あわら市郷土歴史資料館では、撮影禁止!
 残念ながら写真がないが、資料をもらった。
資料館の見学の後に、神奈備山古墳にも行って来た。
   

その後、福井市文化財保護センター(福井市渕4-748 旧至民中学校跡の建物)に行き
   「発掘速報展」を見学      撮影OK
        (2015/2/22)
同じ福井県なので、関連した遺跡の展示も多い。

小松市埋文センター(石川県小松市原町ト77-8)主催の
   「市民考古楽講座・遺跡探訪 古墳を見つける山歩き」で、福井県の六呂瀬古墳群を見学。
        (2015/3/24)

地図g

神奈備山古墳とその系譜
(あわら市郷土歴史資料館でいただいた資料から)
撮影日2015/2/22
2015/3/24

福井県北部にあたる越前の大首長墓の系譜 (中司照世氏による)・・・・4世紀中葉〜6世紀中葉の9代に亘るとされる。

築造時期 古墳名 大きさ・形 外部施設 埋葬施設 出土 地域
1代 4世紀中葉 手繰ヶ城山古墳 全長129mの
前方後円墳
2段・葺石・埴輪 未詳 未詳 永平寺町(旧松岡)
2代 4世紀末 六呂瀬山1号墳 全長140mの
前方後円墳
2段・葺石・埴輪 石棺片 未詳 坂井市(旧丸岡)
3代 4世紀末〜
5世紀初頭
六呂瀬山3号墳 全長90mの
前方後円墳
2段・葺石・埴輪   未詳 坂井市(旧丸岡)
4代 5世紀初頭 免鳥長山古墳 全長91mの
帆立貝形古墳
2段・葺石・埴輪 舟形石棺 石製環頭、鍬形石、
車輪石、勾玉、管玉、
鉄刀など
福井市北西
5代 5世紀中葉 泰遠寺山古墳
(墳丘消滅
  石棺のみ保存)
全長64mの
帆立貝形古墳
周壕・2段・埴輪 舟形石棺 鏡2面、勾玉、管玉、
棗玉、トンボ玉、
丸玉、小玉
永平寺町(旧松岡)
6代 同上 石舟山古墳 全長79mの
前方後円墳
2段・埴輪 舟形石棺 甲冑片、須恵器片 永平寺町(旧松岡)
7代 5世紀末 二本松山古墳 全長89mの
前方後円墳
2段・埴輪 舟形石棺2 (1)石棺・勾玉、甲冑片
(2)石棺・鏡1、
  鍍金冠、鍍銀冠、
  管玉、鉄剣、鉄刀、
  眉庇付冑、短甲など
永平寺町(旧松岡)
8代 6世紀初頭 椀貸山古墳 全長45mの
前方後円墳
周壕・2段・葺石・埴輪 横穴式石室 
・石屋形
須恵器片 坂井市(旧丸岡)
あわら市(旧金津)
9代 6世紀中葉 神奈備山古墳 全長60mの
前方後円墳
基台部・2段・葺石 横穴式石室
・石屋形
鏡片、銀環、小玉、
鉄刀、鉄刀子、鉄鏃、
挂甲、轡、鞍金具、
須恵器など
あわら市(旧金津)

@手繰ヶ城山古墳・E石舟山古墳・F二本松山古墳の3基は、いずれも松岡古墳群で、山の頂上近くにあるため、
残念ながらまだ見学できていない。

松岡古墳群のページ

六呂瀬山1号墳 (2代)
六呂瀬山3号墳 (3代)
六呂瀬山古墳群

坂井市丸岡町上久米田
撮影日2015/3/24

小松市埋文センターの「市民考古楽講座・遺跡探訪 古墳を見つける山歩き」で六呂瀬山古墳群まで足を伸ばしたので、
その時の写真を掲載する。



六呂瀬古墳群配置図  (小松埋文資料より)

等高線は1m間隔

2基の前方後円墳は、整った形をしていないが、
地形を最大限に生かして最大規模の古墳に仕上げている。
合わせて2000本近い埴輪が並べられていたと考えられている。

3号墳の前方部前端に堀切がないため、
3号墳は円墳と考えられていたが、両側に葺石とテラスで埴輪が確認されて
前方後円墳と判断されたという。
1・3号墳はともに、2段築成で、地形に制限されながらも、
尾根を利用した「張り出し」を作ってさらに大きく見せている。
埋葬施設は、舟形石棺と考えられている。

2・4号墳は、陪塚と考えられている。

 六呂瀬山1号墳は 全長140mの前方後円墳
  2段築成 葺石あり 埴輪あり 石棺片が出土している
  4世紀末の築造と推定されている。

1号墳後円部から前方部を見る
 

1号墳前方部から後円部を見る
 

1号墳後円部
 

1号墳後円部の葺石
 

1号墳後円部から張り出し部をみる


張り出し部の向こうには2号墳が見えている。


 六呂瀬山3号墳は 全長90mの前方後円墳
  2段築成 葺石あり 埴輪あり 
  4世紀末〜5世紀初頭の築造と推定されている。

1号墳から3号墳を見る
 

3号墳 前方部から後円部を見る
 

4号墳
 


4号墳から3号墳の後円部を見上げる
 

以前の六呂瀬山古墳群のページ

以前のデータと比べてみると、3号墳の大きさが小さくなってしまった・・・・・・・・

免鳥長山古墳 (4代)
(免鳥5号墳)

福井市免鳥
撮影日2007/4/26
2015/2/22

福井市文化財保護センターに免鳥古墳群の出土品が展示されていた。

免鳥古墳群出土品の展示の様子
2号墳
須恵器
  5号墳
車輪石
5号墳
環頭形
石製品
5号墳
鍬形石
5号墳
石製
模造品
2号墳
鍍銀耳環
5号墳
線刻石製品
5号墳
玉類

5号墳
家形
埴輪片
5号墳
朝顔形
埴輪
5号墳
円筒埴輪
5号墳
石棺片

もう少し大きくすると・・・・


5号墳出土
車輪石      環頭形石製品

5号墳出土
鍬形石    石製模造品

5号墳出土の石棺片

5号墳出土
線刻石製品    玉類



これは2号墳出土の
         鍍銀耳環


2号墳は海賊の岩屋といわれている
  横穴式石室を持つ円墳だ

 免鳥長山古墳(免鳥5号墳)は 全長90.5mの帆立貝形古墳
   2段築成 葺石あり 埴輪あり 舟形石棺
   石製環頭、鍬形石、車輪石、勾玉、管玉、鉄刀などが出土している
   5世紀初頭の築造と推定されている。


免鳥5号墳遠景
  (撮影日2007/4/26)
2・3・4号墳のある丘陵の途中から見た
 免鳥5号墳。


 後円部2段築成 テラス(下段と上段の平坦なところ)には円筒埴輪や朝顔形埴輪が並べられ、
  斜面には葺石がある。
 後円部の頂上には、舟形石棺が埋葬されていた。(盗掘されている)
   笏谷石製で鋸歯文や同心円文という魔よけの模様が彫られている。
 副葬品には、環頭形石製品や車輪石、鍬形石、鏃形石製品、勾玉、管玉、
  鉄剣や鉄鏃などの武器がある。
 なかでも環頭形石製品は、古墳から出土した例としては、全国で3例目の珍しいもの。
 西造り出しからは、食べ物を模した土製品が出土していて、祭祀が行われていたと考えられる。

鷹巣海水浴場に近い、日本海を望む尾根上につくられた古墳
福井市内では最大の大きさ
平成14〜16年度に確認調査
平成20年に国史跡となる。
                (福井市文化財保護センター・平成22年度企画展パンフから)

免鳥古墳群のページ

二本松山古墳 (7代)
松岡古墳群

吉田郡永平寺町松岡

標高300m近い山頂にある古墳・・・・・見学できる日は来るのか?

 二本松山古墳は 全長89mの前方後円墳
   後円部径50.5m・後円部高8.9m  前方部長38.5m・前方部幅26.0m・前方部高さ4.7m
   2段築成  
   埴輪あり(円筒埴輪や朝顔形埴輪) 墳丘裾部や段築間の平坦面で埴輪列
   舟形石棺2基
  5世紀末の築造と推定されている。

 永平寺町の九頭竜川を望む二本松山丘陵の山頂に位置、頂上には273.1mの三角点がある。
 江戸時代の享保年間(1716〜)の盗掘時に
  石棺の中から副葬品が持ち出されて売却されたことが記録に残っている。
 この石棺(第1号石棺)が明治13年(1880)に再発掘された時の略測図が残されている。
  舟形石棺で、縄掛け突起を除いた長さ287.7cm・幅115.5cmと考えられている。
  現在副葬品は勾玉1個が残るだけである。
 明治39年(1906)、陸軍測量部が山頂に三角点を設置した時、
  もう一つの石棺(第2号石棺)が発見され、調査された。
  舟形石棺で、縄掛け突起を除いた長さ192.4cm・幅76.4cm
 副葬品として、鏡1・鍍金冠1・鍍銀冠1・管玉4・鉄剣1・鉄刀3・鹿角製刀装具13・責金具2が出土。
 平成14・15年度に測量調査・発掘調査、、全長89mの前方後円墳と確認された。
                         (あわら市郷土歴史資料館資料から)


椀貸山古墳  (8代)
  (椀貸山1号墳・坪江1号墳ともいう)
横山古墳群

坂井市丸岡町坪江



和興鰍フ敷地内に保存された椀貸山古墳
       撮影日2003/5/1

4月は桜が満開だ!

 椀貸山古墳は 全長45mの前方後円墳
  現状は全長42m 後円部径28.2m・同高5.7m 前方部長21m・同幅24.3m
  幅12m余の馬蹄形の周壕を持つ
  墳丘は2段築成で、ほとんど盛土で造られている。
  墳丘斜面には円礫の葺石あり 埴輪あり
  後円部中央からくびれ部に向かって開口する片袖式の横穴式石室があり、
    奥壁に沿って左右の立柱状の石に屋根となる石材を載せた石屋形があり、
    その石材には赤色顔料が塗られている。

  かつて石室の天井石が落下した時に、石室内から須恵器が出土。
  6世紀初頭の築造と推定されている。

 越前で最初に発見された前方後円墳。
 標高16mの山麓部の平地にある。
 現在、周壕は工場敷地として完全に埋め立てられ、石室も埋め戻されている。
                    (あわら市郷土歴史資料館資料から)

以前の椀貸山古墳のページ(坂井市のページ)

坪江2号墳
(椀貸山2号墳)
横山古墳群

坂井市丸岡町坪江
撮影日2003/5/1

消滅している・・・・・。

 坪江2号墳(椀貸山2号墳)は 椀貸山古墳の北東約30.6mにある(あった)。
  全長26.1mの前方後円墳 高さ3m
  後円部頂に石室の一部の大石が露出していて、
   椀貸山古墳の陪塚だと紹介されたが、造成や埋め立てで消滅。
  工場建屋の増築に伴う確認調査で、周壕が確認され、埴輪も出土。
  段築や葺石は未確認。
  後円部の石室が破壊された時に、石室内から
   須恵器約40個体)と土師器、金銅製の杏葉や木心鉄板張鐙などの馬具、鉄刀などの武器が出土
  6世紀前葉の築造と推定されている。  (椀貸山古墳と同時期)
                       (あわら市郷土歴史資料館資料から)

貸山1・2号墳墳丘復元図 
     (説明板から) 撮影日2003/5/1
北は、下となる。

真ん中が 椀貸山古墳(1号墳)
その左下にあるのが、椀貸山2号墳。

  

中川65号墳
(中川奥1号墳)
横山古墳群

あわら市瓜生

中川65号墳は、横山古墳群中川支群中の低丘陵上の尾根上(標高49m)にある。
中川奥1号墳とも呼ばれている。

 中川65号墳は 全長47mの前方後円墳
  後円部径29m・同高7m くびれ部幅13m 前方部長24m・同幅41m・同高6.7m
  前方部先端を西に向ける
  2段築成 葺石あり
  段築面のテラスから、須惠質と土師質の埴輪が出土
 
 前方部先端南側から西に伸びる尾根には、
   65号墳の陪塚と考えられる一辺11m・高2mの方墳中川64号墳がある(埴輪あり)
                     (あわら市郷土歴史資料館資料から)

   

神奈備山古墳 (9代)
横山古墳群

あわら市瓜生      
・坂井市丸岡町坪江
撮影日2015/2/22

横山古墳群・坪江支群にあり、坪江4号墳ともいう。
あわら市瓜生地係にあるが、後円部の一部は坂井市丸岡町坪江となる。

 神奈備山古墳は 全長60mの前方後円墳
  後円部径35m・同高7.3m 前方部長30m・同幅25.15m・同高6.3m
    後円部頂と前方部頂の差はほとんどない。



神奈備山古墳墳丘図

 (あわら市郷土歴史資料館資料から)

  2段築成 円礫の葺石あり 埴輪はない 
  後円部に切石積の横穴式石室があり、奥壁際に石屋形があったと考えられている。
  副葬品として、
   鍍金銀被耳環1やガラス小玉などの装飾品
   金銅製の鞍磯金具などの馬具、挂甲小札などの武具
   銅芯金被責金具や捩り環頭及び鉄鏃などの武具類と多数の須恵器片が出土
  6世紀中葉の築造と推定されている。
  



神奈備山古墳横穴式石室実測図

 (あわら市郷土歴史資料館資料から)



 
 標高約42mの丘陵頂部にある
  墳丘裾はテラスがめぐり明瞭に確認できる。
 前方部の東側には
  陪塚と考えられる方墳の坪江5号墳がある。
                      


東から見た神奈備山古墳


左(南)・後円部

右前方部

石室奥壁側か
 穴の中に、奥壁らしい石材が見える

石室 入口側か

後円部から前方部を見る

前方部から後円部を見る

以前の神奈備山古墳のページ  

横山古墳群について
まとめ

あわら市(旧金津町)中川・瓜生
坂井市(旧丸岡町)坪江

横山古墳群は
坂井平野北東部のあわら市中川から瓜生を経て、一部が坂井市坪江地区にまでまたがる、
 国道8号線に面した通称「横山」の丘陵上にある。
数基は平地にあったが、現存するのは椀貸山古墳だけである。
1920年には、平地に立地する椀貸山古墳をはじめ、多数の古墳が分布していることが報告されている。

2001年「椀貸山・神奈備山両古墳と横山古墳群」(中司照世氏)によると、
 現在の古墳総数は301基以上、うち前方後円墳は18基。
すでに消滅している物を含めると、310基前後と推定されている。
南部・中央部・北部の3群に分け、「坪江支群」「瓜生支群」「中川支群」と呼ぶことが提唱されている。
坪江支群の椀貸山古墳・神奈備山古墳は、2代にわたる越前の大首長墓と考えられている。
そのため、継体天皇と関連させて語られることも多く、
 椀貸山古墳については、継体天皇の皇子「椀子皇子(マロコミコ)」の墓との伝承も地元には残されている。
                   (あわら市郷土歴史資料館資料から)

横山古墳群の前方後円墳分布図

古墳名  全長   後円部径 時期 その他
R中川南古墳 45m 11m 6世紀中頃
Q中川中古墳 41m 22.5m 5世紀後半
P中川北古墳 27m 18m 6世紀後半
O中川奥4号墳 32m 16m 6世紀前半
N中川奥3号墳 22m 13m 6世紀前半
M中川奥2号墳 40.5m 21.5m 6世紀前半
L中川奥1号墳 47m 29m 6世紀前半
K城ヶ岳古墳 47.5m 23m 5世紀後半
J城ヶ岳南古墳 5世紀前半
I瓜生北3号墳 30m 17m 5世紀前半
H瓜生北2号墳 38m 16m 5世紀前半
G瓜生北1号墳 36m 25m 5世紀前半
F瓜生南5号墳 30m 17m 5世紀後半
E瓜生南4号墳 42m 26m 5世紀後半
D瓜生南3号墳 30m 19m 5世紀前半
C瓜生南2号墳 44m 31m 5世紀前半
B神奈備山古墳 58m 35m 6世紀中ごろ
A椀貸山2号墳 30m 6世紀前半 消滅
@椀貸山古墳 42m 6世紀前半

以前の横山古墳群のページ

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