北村さんちの遺跡めぐり
更新日2015/11/9

福井県・敦賀から小浜へ
その1 敦賀市
2015/10/12

久しぶりに一日空いたので、福井方面へ。
目的は、敦賀市の向出山古墳群4号墳・白塚古墳・立洞2号墳
若狭町の脇袋丸山塚古墳・向山1号墳・大谷古墳・城山古墳
小浜市の国分寺古墳群・丸山城跡古墳など

雨も落ちてきそうな天気・・・・いくつ見学できるかな?

敦賀市の地図g

2015年の
向出山古墳群

敦賀市曙町11-68
撮影日2015/10/12

向出山古墳群は2回目の訪問となるが、前回4号墳を見間違えていたので確認のため、再訪。

前回の訪問記

 向出山3号墳

説明版の後ろに3号墳墳丘

墳頂部 
天井石のなくなった所は板が置かれている。

墳頂からのぞき見る石室開口部

石室開口部

石室内部は、埋められている。

4号墳側から見る3号墳(奥のほう)

前回は、石室内部が見学できたのだが・・・。

 向出山4号墳

3号墳から見た4号墳の林

4号墳の案内板の後ろに石室が露出している

ぼろぼろになった石室

方向を変えて 石室を見る

説明版によると、、3号墳と4号墳の石室開口部の向きが反対になっているが、
4号墳の石室は、崩れすぎていてどこが開口部なのかよくわからない。

 向出山1号墳
 直径60m・高さ9mの円墳に、12×18mの四角い造出し部がついている。
 5世紀後半の築造と推定されている。

墳丘図 (説明版から)

出土品 (説明版から)

北から見た1号墳

  向こう側に造り出し部がある。

1号墳墳頂から造り出し部を見る
 
造り出し部から、墳頂部を見る
現在墳頂には、三角点の標識が建っている。

造り出し部下から、墳頂部を見上げる

墳頂部から敦賀湾を見る

   

 向出山古墳群データ
 向出山古墳群は、明神山古墳群とともに中郷古墳群と呼ばれている。
 敦賀平野の南東部の山麓に位置する。
 明神山古墳群は5基からなる古墳群で、
  明神山1号墳は、段築および葺石を備えている前方後方墳である。
   1号墳前方部東側には陪塚が築かれている。
 向出山古墳群は現存3基からなる古墳群(1基は消滅)
 向出山1号墳からは、
  仿製四神四獣鏡・鉄地金銅装眉庇付冑・鉄地金銅装頸甲・鉄剣・鉄刀など多数の副葬品が出土している。
 中郷古墳群は、5世紀~6世紀の築造と推定されている。  (HP福井の文化財から)

向出山古墳群配置図 (3号墳前の説明版より)

老人ホームの横の上り坂の途中に3号墳・4号墳があり、
 登り切ったところに大きな1号墳がある。

1号墳の南東部分は、
 国民宿舎「つるが荘」の建設で削られたが、
 残った部分は古墳公園として保存されている。

2号墳は、昭和58年に「7日間調査」の後、消滅した。

3号墳・4号墳は、墳裾ぎりぎりまで山が削られ、
 崖の上に、かろうじて残っている。
 1号墳  直径60m・高さ9mの円墳に、12×18mの四角い造出し部がついている
 二段築成 葺石(20~40cmの円石礫・川原石)がある。
 墳頂に、並んで2つの埋葬施設(竪穴式石室)が発見され、出土品が素晴らしかった。
 出土品は市文化財になり、「私立郷土博物館」に保存されている。
 現在墳頂には、三角点の標識が建っている。
 2号石室は追葬か?
   (葺石や1号石室は川原石が使われているが、2号石室は山石が使われている。
 5世紀後半の築造と推定されている。。
 出土品は
  1号石室から
   倣製4神4獣鏡・不明銅鏡・滑石小玉39・ガラス小玉11・鉄鋤・砥石2・鉄刀多数・鉄剣多数
   ・青銅鉸具・鉄鉸具・鉄鏃105・鉄鉾5・鉄刀子・鉄地金金銅装眉庇付冑2・鉄地金金銅装頸甲
   ・鉄挂甲小札・須恵器・土師器ほか
 2号石室から
  仿製4神4獣鏡・金銅三輪玉54・滑石小玉63・竹櫛・鉄衝付冑・鉄頸甲・鉄肩甲・鉄短甲
  ・鉄鏃30・鉄刀多数・鉄剣多数・鉄鉾複数・鉄斧2・朱の固まりほか
 2号墳  消滅している
 直径約16m・高さ約2mの円墳  葺石あり 埴輪あり
 埋葬施設は割竹形木棺(長さ約4m・幅約75cm)。
 出土品は 漆塗竹櫛43・滑石製小玉240・鉄剣2・鉄刀・?6・鉄斧2・鉄鏃10・砥石ほか
 5世紀後半の築造と推定されている。
 当初1号墳の陪墳かと思われていたが、1号墳より先に造られていたらしい。
 3号墳  直径15m・高さ4mの円墳
 横穴式石室がある。
  石室の全長7.2m 玄室は長さ3.7m・幅2.0m・高さ2.7m。
 敦賀地域では最大規模の石室。
  出土品は金環・銀環・鉄刀・鉄鏃・馬具・須恵器など
 6世紀の築造と推定されている。
 昭和29年発掘調査。
 4号墳  直径8m・高さ2mの円墳
 横穴式石室がある。
  出土品は金環・管玉・鉄刀・鉄鏃・馬具・須恵器など
 6世紀の築造と推定されている。。
 昭和29年発掘調査。

白塚古墳
(県史跡)

敦賀市縄間
撮影日2015/10/12

HP「古墳とかアレ」さんのナビの通りに行ったら、迷うことなく着いた。
墳丘はどうなっているのかはよく分からないが、横穴式石室が露出している。

 白塚古墳は、円墳と考えられている。
 横穴式石室は、全長5mほどで、立派な石棚がある。

白塚古墳」と書かれた標柱
その後ろに横穴式石室がある。

横穴式石室

石室内部

奥壁部分  りっぱな石棚

石棚の手前の床には、
大きな石が2個おかれている。

石室内部から外を見る

白塚古墳の東隣りには、石材が散乱しているので、もう一つ古墳があったのではないか?


白塚古墳の隣りの石材 その1

天井石か?

白塚の隣りの石材その2

白塚の隣りの石材その3

石棚のある古墳は、
 福井県では敦賀市の穴地蔵古墳・鳩原2号墳・白塚古墳、美浜町丹生の浄土寺2号墳があるが、
これで、穴地蔵古墳と白塚古墳を見学したこととなった。

立洞2号墳は、今回も見つからない・・・・・

福井県敦賀から小浜へ・その2若狭町・小浜市(若狭の遺跡)へつづく

福井県の遺跡トップへ

トップページ