長野県飯田市から山梨県へ
その2
・飯田市2
2011/4/29〜5/1 

飯田市1日目 午後3時半過ぎ。
後半に突入です。

飯田市の地図

権現堂1号古墳 飯田市駄科
撮影日2011/4/29

道端に駐車。

権現堂1号古墳
後円部側から上る。

右側(西側)は民家で削られているようだ。


権現堂1号古墳
後円部側から上る


右側(西側)は民家で削られているようだ。

権現堂1号古墳 前方部から後円部

後円部の小さなお堂は壊れて、新築中

権現堂1号古墳 後円部から前方部

権現堂1号古墳 左手前 前方部


全長60.9mの前方後円墳
後円部径30m・同高5m

 大正11年、竜丘村青年会による後円部墳丘の掘り下げ調査で、
  鉄器類・土師器・須恵器などが出土。
 5世紀後半の築造と推定されていて、石室は竪穴式石室と考えられている。

塚越1号古墳
(十王堂の塚古墳)
飯田市駄科
撮影日2011/4/29

道端に駐車。


塚越1号古墳
 南側から見る
 左奥   前方部
 右手前 後円部
前方部は藪の中

 全長72.7mの前方後円墳   後円部径26.4m・同高7.8m、前方部幅15.5m・同高7.8m
 6世紀後半の築造と推定されている。

塚越1号古墳
前方部の南裾にあるお堂(十王堂か)
お堂の後ろに小安八幡の小社がある。

塚越1号古墳石室入口
後円部南側の裾近くに開口する

塚越1号古墳石室内部

入口が狭いので、
 中に入る勇気が出なかったが
 実は大きい石室のようだ。残念!
 両袖式の横穴式石室は、全長9.8m以上 
   玄室長5.25m・幅3.75m。・高さ3mの大型
 ガラス丸玉が出土

代田獅子塚古墳
(代田1号墳)
飯田市松尾
撮影日2011/4/29

後円部そばで新築工事が行われていて、そばには近づけなかった。
一番探すのに苦労したのに残念!

代田獅子塚古墳

後円部は公園らしいが、
 前方部は個人の所有のようだ。
現状では全長61mの前方後円墳
  後円部径40.6m・高7.95m、 前方部幅20.0m・高5.5m
 埴輪あり
墳丘の改変が激しくて、以前横穴式石室が開口していたとも云われているが、現状では不明。
三環鈴や鉄器類・玉類、円筒埴輪・土師器・須恵器などが出土したといわれているが、詳細は不明。
築造時期も不明。

この代田獅子塚古墳を探している時に近くで小さな古墳を見つけた。

小さな古墳

隣に住む女性は、古墳だと知っているが、
  詳しい事は知らないそうだ。

代田山狐塚古墳 飯田市松尾
撮影日2011/4/29

飯田女子短大の南東300mほどの丘陵上にあるが、
南側の道路に案内板が出ていて、そこから遊歩道を上がればすぐ。


代田山狐塚古墳 西側から
左 後方部

代田山狐塚古墳
前方部から後方部を見る

代田山狐塚古墳実測図
 (説明板から)

南面する 全長44.5mの前方後方墳
後方部幅28m・くびれ部幅12m

古墳北側には6〜7mの周壕があったと考えられている。
4世紀の築造と推定され、
  伊那谷最古の古墳と位置づけられている。

御射山獅子塚古墳 飯田市松尾
撮影日2011/4/29

南側裾は墓地、北側裾は宅地で削られている。


御射山獅子塚古墳
 南から

全長63mの前方後円墳
後円部径32m・高5.5m、
前方部幅43m・同高6.5m
左は前方部(後円部より1.5m高い!)
石室は不明
前方部が発達していることから、6世紀の築造と推定されている。

御射山獅子塚古墳
前方部より後円部を見る

御射山獅子塚古墳
後円部より前方部を見る

     

 上溝古墳群 飯田市松尾
撮影日2011/4/29

上溝古墳群は、前方後円墳4基を含む15基が確認されている。

 おかん塚古墳  (上溝1号墳)
 昭和41年に宅地造成工事で前方部と前方部石室(無袖式)が破壊された。
 現在は後円部の一部と横穴式石室が残っている。
 前方後方墳という説もあるらしい。
 元は50m以上の前方後円墳   後円部高さ6m
 6世紀前半〜後半の築造と推定されている。
 両袖式横穴式石室は、全長9.2m・幅3.2m・高さ3.4m

おかん塚古墳 後円部墳丘
 
石室周辺だけが残っている。

おかん塚古墳 石室入口から内部を見る

両袖式横穴式石室

おかん塚古墳 石室内部
高さがすごい!

おかん塚古墳
石室内部から入口を見る

      

 上溝4号古墳
 おかん塚の北50mあたりにある。

上溝4号古墳 西南から 

上溝4号古墳
墳丘の石材の上に小社

     

 上溝天神塚古墳(上溝5号墳)
墳丘上に天神様が祭られている。

上溝天神塚古墳

前方部が削られて天神社が建つ
「天神塚古墳」と刻まれた石碑がある。 

 南から見た上溝天神塚古墳
社殿の後ろに大きな石室開口部がある。

北から見た上溝天神塚古墳

後円部の丸みがよくわかる。

全長60mの前方後円墳
後円部径25m・高5m

日暮れ近くの写真は・・・・。
 
上溝天神塚古墳 石室内部
 石室全長は10.8m
 玄室長7.7m・奥幅2.4m・中央幅2.7m
 玄室高3mの胴張り形

上溝天神塚古墳
 石室内部から開口部を見る
    
 姫塚古墳(上溝6号墳)


姫塚古墳 後円部上り口

石段を上ると足元に石室がある。
 姫塚古墳は   全長40mの前方後円墳
  6世紀初頭の築造と推定されている。
 片袖式の横穴式石室は、全長4.2m  玄室長さ2.9m・高さは現状で1.2m
 酸化鉄と推定される赤色顔料が塗られている
 江戸時代に七鈴鏡が前方部の墳丘から出土、現存するという。
 
姫塚古墳 後円部から前方部
 
姫塚古墳
姫塚古墳後円部にある社殿

姫塚古墳 石橋の下にある石室
(石橋は天井石ではない)

姫塚古墳石室正面
 
 姫塚古墳石室内部


  姫塚古墳 内部から開口部を見る
赤く塗られているのがわかる。
石室内に椿の花びらがまかれてい.る。
               
 羽場獅子塚古墳  (上溝古墳群)
上溝児童公園内に後円部の墳丘が残っている。
上溝古墳群の東端で台地の先端部にある。

羽場獅子塚古墳

葺石が散乱している


 全長44.3mの前方後円墳
  後円部径21m・高3m 前方部幅約13.6m・長23.3m・高2.4m
 葺石あり   前方部は畑で削平されて残存しない。
 5世紀前半の築造と推定されている。

公園内にきれいなトイレがあり、お世話になった。

水佐代獅子塚古墳
ミサジロシシヅカコフン
市史跡
飯田市松尾水城
撮影日2011/4/29

水城コミュニティ消防センターの北側に公園となって残る。
「水佐代獅子塚古墳とエドヒガン」と名付けられた説明板がある。



水佐代獅子塚古墳
手前(南) 前方部

中央に見える樹木が、推定樹齢350年以上の
    市天然記念物のエドヒガン桜。
この桜のそばに
  「獅子塚古墳」と刻まれた石碑がある。

水佐代獅子塚古墳前方部から後円部
いろいろな神様が祀られている
石材は石室のものか?

水佐代獅子塚古墳後円部から前方部
東側(左)が削られて細くなっている。


水佐代獅子塚古墳実測図

   (説明板から)
 
全長54.2mの前方後円墳
  後円部径27.4m・高さ4.2m  前方部幅21.4m・高さ4m
 
横穴式石室があるが閉ざされている。
 後円部墳丘上より、 直刀・鉄鉾・鉄鏃・馬具などが出土したと
   伝えられているが、詳細は不明
 
6世紀前半の築造と推定されている。

飯田市の地図

午後6時半を過ぎ薄暗くなってきた。
飯田市鼎一色のジャスコ横のココ一番でカレーの夕食の後

午後7時30分 ビジネスホテル「エルボン飯田」にチェックイン。

長野県飯田市から山梨県へ その3・飯田市3 へつづく

長野県のトップ

トップページ