北村さんちの遺跡めぐり

長浜市の古墳・遺跡2  長浜市の地図y

四ツ塚古墳 長浜市四ツ塚町
 (撮影日2019/2/26)

長浜市の市街地、六荘さざなみ通り沿いにある。前にしばらくなら駐車できる。
平成18年に「長浜市四ツ塚町まちづくり委員会」が立てた説明板がある。

 四ツ塚古墳(松ノ木塚古墳)
 古来よりこの付近に四つの塚があったらしくそのうちの1基である。
 現在は、墳丘も削られて規模も形状も判然としないが、直径10m程度の円墳だったらしい。
 横穴式石室があったらしく、石材が残存している。
 6世紀後半〜7世紀前半の築造と推定されている。
 平野部につくられている
 継体天皇の時代に、6万の衆を率いて任那復興に赴いた近江毛野臣位の墳墓との説もある
   (長浜市四ツ塚町まちづくり委員会の説明板から)

少し高まりがあるかな
径10mよりは大きく感じられる…。

説明板の下に石材!?

     

岡の腰古墳
市指定史跡
長浜市八島町
 (撮影日2019/2/26)

県道365号線沿いに、墓地になった小山がある。岡の腰古墳だ。
古墳辞典には、八島古墳群として掲載されている。

 八島古墳群は 長浜市八島(旧浅井郡浅井町)にある。
  田川の左岸に近い草野川との間の平地につくられた古墳群。
 岡の腰古墳亀塚古墳狐塚古墳平塚七ツ塚などがある。
 古墳時代中期から後期の築造と推定されている。
 岡の腰古墳は 径63m・高さ7.6mの円墳 
 裾部の北北西に低い壇状施設がある
 幅20m・深さ63cmの周堀がめぐる
 墳丘上には近世の墓標が林立するが、墳頂の平坦部は現状で径20m
 葺石はあるが、埴輪はない。

岡の腰古墳 北西から見た墳丘
左側手前が壇状施設か

岡の腰古墳 南から見た墳丘

南東200mほどにある亀塚古墳は、壬申の乱にこの地で没した中臣金連の墓として整備されている。
 径30m・高さ4mの円墳で、長さ10m・幅4m・高さ1mの前方部がつく。が整備の際に付設されたと考えられている。
機会があれば、見学したい。


横山古墳群とその周辺

滋賀県長浜市東上坂町ほか
2007/5/3
2011/2/20
2012/4/30

横山古墳群とその周辺の地図  (見学した古墳を中心に、いろいろな資料をもとに作成)

   文化財学習シートから
  横山古墳群は、長浜市東部の横山丘陵上に立地する48基以上の古墳からなる古墳群。
  姉川、小谷合戦の際に砦に改造されている。
  古墳群は築造された位置から横山北部古墳群と横山南部古墳群に分けられている。
  横山北部古墳群は、東上坂町龍ヶ鼻から石田町観音坂までを指し、
 茶臼山古墳群、堀部古墳群、大門古墳群がある。
  横山南部古墳群は、石田町観音坂から小一条町までで、
 八条山古墳群、鳥羽上山古墳群、名越古墳群、布勢古墳群、諸頭山古墳群がある。  

王陵の里史跡案内板
垣籠町の集落内には、
「王陵の里史跡案内板」と名付けられた大きな案内板が立てられている。
また、垣籠町にある古墳には、
   墳形と名前の書かれた立て札が立てられている。

これらを設置したのは、
 垣籠町のボランティアクラブ「こまざらいの会」の皆さんで、
  地元の横山古墳群の保全整備をなさっているそうだ。
横山丘陵にある古墳は、最近の調査で墳形が判明した。
 前方後円墳は   山の鼻古墳 小倉古墳1号 小倉古墳2号 坂南古墳
 前方後方墳は   龍ヶ鼻古墳1号 龍ヶ鼻古墳2号 堂の前古墳1号 堂の前古墳3号
 円墳は        龍ヶ鼻古墳3号 堂の前古墳2号
 方墳は       龍ヶ鼻古墳4号 犬飼古墳

長浜市の地図y

墓立古墳
 (横山古墳群)
長浜市東上坂町
撮影日2011/2/20

墓立古墳は、長浜東部福祉ステーション郷里荘の前庭に保存されている。

墓立古墳
「文化財を大切にしましょう」と「墓立古墳」
と刻まれた石碑が立つのみ。

詳しい事は不明。
墓立古墳には継体天皇の皇子「菟皇子」の伝説があるとか。


墓立古墳墳丘にある石材

石室石材?

滋賀県遺跡地図によると
円墳で石材が確認されたということだ。


墓立古墳の北にある古墳マークの柿田古墳群の辺りには古墳らしいものは見当たらない。
8基の円墳が確認されているというが、墳丘はすでにないと思われる。
長浜市・米原市の地図y

墓立古墳の西の加納町には、越前塚古墳群がある。
越前塚古墳(消滅)・・・全長50mの帆立貝形の前方後円墳
           後円部径38m・高さ2.2m
           盾形の周濠がある。埴輪があった。
 39号墳・・・・全長32.7mの前方後円墳
         後円部19.9m
         周濠がある
 43号墳・・・・一辺28.8mの方墳
         周濠がある。
(現在どんな状態なのか、残念ながら未確認です。)

古墳の石材露出
岩町塚遺跡

 (横山古墳群)
長浜市保多町
撮影日2011/2/20

田んぼの中に謎の巨石発見!

岩町塚
田んぼの中に謎の石
「文化財を大切に」と刻まれた石碑があるだけ。

 「弘化年中土俗田畝耕鋤の際、馬骨・馬具等発掘せし事あり。
 今僅に巨岩を存するのみ。」
という記録があるそうだ。
岩町塚遺跡 長浜市保多町
       (参考hp「陵墓 陵印 掲示板」)
滋賀県遺跡地図によると、円墳が1基確認されているということだ。

遠藤直経の墓
滋賀県長浜市垣籠町
 (撮影日2011/2/20)

田んぼの中にある。

遠藤直経の墓
姉川の合戦の際、
 浅井長政の重臣の遠藤直経が討死した場所と伝えられていて、
 字名も円藤という。
当地の40mほど北の畑の中に
 「遠藤塚」と呼ばれる塚があって墓標が立てられたが、
  圃場事業のため現在地に移された。

長浜茶臼山古墳
県史跡
(横山古墳群)

横山丘陵上
長浜市東上坂町
撮影日2007/5/3
2011/2/20
2012/4/3

全長92m前方後円墳、長浜市最大の大きさを誇る。
 後円部径51m、高さ10m 前方部の最大幅37m・高さ8m。
  二段築成
 墳丘裾部には川原石による葺石がある。
 前方部が平野部とは逆の南東の丘陵側に向いている。
 4世紀後半の築造か?
 円筒埴輪、土師器壺などが出土。  
 竪穴式石室か?
 東海地方と近江地方をつなぐ交通の要衝に位置する。



茶臼山古墳 測量図

(文化財学習シートから)


説明板は 全長約95m、高さ9mとなっている。

2007年5月の長浜茶臼山古墳

  長浜茶臼山古墳登り口
  横山古墳群の北側の入り口。
  ここから横山丘陵を南に縦断する
          登山道が通っている。

  長浜茶臼山古墳後円部頂
 朝鮮王朝の「李王」が訪れたという
   記念の碑が立つ。
 説明板には、見晴らしがいいとあるが、
       木が生えてまわりは見えない


 長浜茶臼山古墳全景
(北側の道路から)
 右 後円部   左 前方部
 尾根がそのまま、茶臼山古墳となる。
 前方部が山側にある。
2011年2月の長浜茶臼山古墳

冬の長浜茶臼山古墳
北側の道路から見る
 (撮影日2011/2/20)
冬は墳丘が透けて見える。

2012年4月の長浜茶臼山古墳

 長浜茶臼山古墳 前方部から後円部を見る
    木が切られ見晴らしがよくなっている。

長浜茶臼山古墳 後円部に立つ石碑
朝鮮王朝の「李王」が訪れたという記念の碑。



茶臼山古墳の西麓に古墳マークがある。



「西山古墳(円墳)」という立て札があるが、
墳丘は見あたらない。


背後の山に茶臼山古墳がある。



山ヶ鼻古墳
 (横山古墳群)
横山丘陵上
長浜市東上坂町
撮影日2011/2/20

茶臼山古墳の登り口の横の道を南に100mほど行ったところから東に登る。

全長42m、最大幅18m、高さ3mの前方後円墳
・円筒埴輪、須恵器などが出土。
5世紀前後に築かれたか
後円部径22m・高さ1.5m 前方部幅12m・高さ1.5m


山ヶ鼻古墳
後円部から前方部を見る

 

山ヶ鼻古墳 前方部から後円部を見る
私が立っている所が後円部。
写真右端に案内板が見えている。
背後の山の上には龍ヶ鼻古墳がある。


神塚古墳
 (横山古墳群)
長浜市垣籠町
撮影日2011/2/20

立て札はあるが、古墳のまん中に道路が通り、ほとんど消滅

神塚古墳

方墳
墳丘はないが、道がふくらんでいて、
古墳だったのだなーと思える。

背後の山の尾根先端に山ヶ鼻古墳
山の上に龍ヶ鼻古墳がある。


弘法の池 入口
神塚古墳から東に行き山裾を山ヶ鼻古墳の方に向かうと、
途中に、弘法の池(加持水の池)の説明板がある。

ちょっと上がってみたけれど池はみあたらない。



垣籠古墳
県史跡
(横山古墳群)
滋賀県長浜市垣籠町
撮影日2007/5/3
2011/2/20)
2012/4/30

昔から王塚と呼ばれ、応神天皇の皇子、稚沼毛両岐王(ワカヌケフタマタオウ)の墓だという伝承がある。


垣籠古墳がある両岐王宮(フタマタオウノミヤ)

撮影日 2012/4/30



垣籠古墳は 現存長約40m、前方部の高さ約5.5mの前方後円墳とされていたが、
近年前方後方墳と確認された。
復元長54m。
二段築成された後方部の長さ27m、高さ3mで、前方部の最大幅は28m、高さ5m
外周施設をふくめると全長が80mになる。
墳丘には円筒埴輪などが並べられていた。
後方部にある埋葬施設は竪穴式石室
明治時代の数回の土取りの際、遺物が出土。
   人骨、ガラス製勾玉1、碧玉製管玉、10、ガラス製小玉70、
   倭製乳文鏡1、鉄刀1、鉄剣、鉄鉾1、鉄製小物、鉄棒、不明異形品、花形金具1
など
5世紀後半の築造と推定されている。


垣籠古墳前方部
小さな社が建つ。
撮影日2007/5/3

垣籠古墳後円部
後方部の先端は削られている。
撮影日2007/5/3




垣籠古墳を東側から見る

 (撮影日2011/2/20)

左側(後方部)先端がスッパリ削られているのがわかる。



横山丘陵の
天神岩から見下ろす垣籠古墳


霞んでいる。
撮影日2012/4/30



垣籠古墳のすぐ北東に古墳マークがあるが・・・上寺地古墳と名付けられている。
道路や川で削られていて、ほとんど残っていない。

上寺地古墳

垣籠古墳近くの古墳跡?
 (撮影日2011/2/20)
集落の端にある。
これではないかもしれない・・・・。

もとはどんな古墳だったのだろう?

総山古墳群
オサキ山古墳(総山1号墳)
(横山古墳群)
横山丘陵上
長浜市垣籠町
撮影日2007/5/3
 2011/2/20

2012/4/30

総山古墳群は、西の麓から上る。
垣籠古墳の近くの山すそに、説明板が立っている。そばに行くと「オサキ山古墳」と書かれている。
この手書きの説明板には
「オサキ」は「オキサキ」が変化したもので、
稚沼毛両岐王の墓といわれるのが垣籠古墳で、稚沼毛両岐王のお妃の墓がオサキ山古墳だ」とある。
遺跡が荒廃するのを嘆く言葉が書かれていた。


2007年5月のオサキ山古墳登り口
撮影日2007/5/3

2011年2月のオサキ山登り口
 (撮影日2011/2/20)
雪が残る。

総山古墳群は、円墳3基
 総山1号墳はオサキ山古墳で、他に比べると、大きめの円墳。
 麓から上にかけて3〜1号。
 横穴式石室墳。(滋賀県遺跡地図から)

総山古墳3号
総山古墳2号
  総山古墳1号(オサキ山古墳)
オサキ山古墳登り口から100mほど行ったところにある。標柱が立つ。

2007年5月の総山1号墳
撮影日2007/5/3

2012年4月の総山古墳1号 手前から
 

2012年4月の総山古墳1号 墳丘上から
丸子山古墳群
 (横山古墳群) 横山丘陵上
長浜市垣籠町・ 保多町
撮影日2012/4/30

丸子山古墳群は、西の麓から上る。
10〜15mの円墳4基   麓から上にかけて4〜1号


丸子山古墳4号

丸子山古墳3号


丸子山古墳2号


丸子山古墳1号


龍ヶ鼻古墳群 
(横山古墳群) 
横山丘陵上
長浜市東上坂町
撮影日2011/2/20
2012/4/30

最大の古墳は龍ヶ鼻古墳(龍ヶ鼻1号墳)で、全長46mの前方後方墳、最大幅12m、高さ1.5m。
 垣籠町の最高標高地(229m)に存在する。
 2号前方後方墳、 3号は円墳、 4号は方墳

 龍ヶ鼻古墳4号 方墳

2011年2月の龍ヶ鼻古墳4号

2012年4月の龍ヶ鼻古墳4号
 龍ヶ鼻古墳3号

2011年2月の龍ヶ鼻古墳3号

2012年4月の龍ヶ鼻古墳3号
 龍ヶ鼻古墳2号   前方後方墳

2011年2月の龍ヶ鼻古墳2号

2012年4月の龍ヶ鼻古墳2号
3号墳側から見る

2012年4月の龍ヶ鼻古墳2号
1号墳側から見る
 龍ヶ鼻古墳1号  前方後方墳

2011年2月の 龍ヶ鼻古墳1号

2012年4月の龍ヶ鼻古墳1号
2号墳側から見る 

2012年4月の龍ヶ鼻古墳1号 横姿
手前へ行くと小倉古墳。

龍ヶ鼻古墳は西から東に、4号墳・3号墳・2号墳・1号墳と並んでいる。
古墳の頂部を削平して、戦国時代、姉川合戦のときに陣所が造られた。
1570年6月、浅井長政との戦いの折、織田信長が、陣を敷いた。
古墳としてではなく、「龍ヶ鼻陣所跡」として、有名。

小倉古墳
 (横山古墳群) 横山丘陵上
長浜市垣籠町
 撮影日2011/2/20

1号・2号とも、前方後円墳
龍ヶ鼻古墳から南に行くと 小倉古墳2号墳、次が小倉古墳1号墳。

 小倉古墳2号

2011年2月の小倉古墳2号
手前 後円部  奥(南) 前方部  

  2012年4月の小倉古墳2号 後円部
向こう側に前方部
 小倉古墳1号  2号からもう少し南に上がると小倉古墳1号

2011年2月の小倉古墳1号  
前方部から後円部を見る
南から北を見る。奥の下方に小倉古墳2号がある。
前方後円墳らしい形をしている。

2012年4月の小倉古墳1号
前方部から後円部を見る

 


2012年4月の小倉古墳1号
後円部から前方部を見る


堂の前古墳群
 (横山古墳群) 横山丘陵上
長浜市垣籠町
 撮影日2012/4/30

1号と3号は前方後方墳  2号は円墳


堂の前古墳3号

堂の前古墳1号前方部
向こう側に後方部がある。

堂の前古墳1号
前方部から後方部を見る

堂の前古墳2号  きれいな円墳
本日見た中では、一番きれいな墳丘かも・・・・
天神岩と舟岩
横山丘陵上
長浜市垣籠町
 撮影日2012/4/30

堂の前古墳群のあたりには不思議な巨石がある。

  天神岩


天神岩 説明板

「天神さん飛来す」と
  淡海温故録に記されていて、
  飛天神といわれている。



天神岩 垣籠の集落から
天神さんが飛来するのが見えただろうか?
見下ろしたちころに、垣籠古墳がある。

天神岩  方向を変えて(南から)
 舟岩
  古代文字が刻まれている。牛岩ともいう。

舟岩

方向を変えて 古代文字はわからない。


犬飼古墳
坂南古墳
北平古墳
(横山古墳群) 横山丘陵上
長浜市垣籠町
 撮影日2012/4/30

方墳 犬飼古墳」と刻まれた石碑がある。
 大きな石材が露出しているので、埋葬部は横穴式石室か?


犬飼古墳

犬飼古墳 石室跡か?

犬飼古墳のあたりにも古代文字刻石があるらしいが分からない。
犬飼古墳そばには、横山城跡の犬飼堀切がある。


山東町への切り通し古道の犬飼坂
  犬飼古墳のそばにある

古くから、垣籠町から山を越えて東の息長陵へ至る道がつくられている。







坂南古墳 (前方後円墳)
    前方部から後円部を見る



立派な立て札を設置したのは、垣籠町のボランティアクラブ「こまざらいの会」の皆さんで、
地元の横山古墳群の保全整備をなさっているそうだ。
垣籠町を過ぎ、立て札がなくなった・・・・。


北平古墳  (円墳)





北平古墳から梶原古墳にいく間には、ほかにも古墳らしい高まりがあるが・・・・。

梶原古墳
(横山古墳群) 横山丘陵上
長浜市垣籠町
 撮影日2012/4/30




梶原古墳群の一つ


鉄塔を設置したためか、木が切られている。








梶原古墳から見た
      息長陵と村居田古墳。

梶原古墳からは、
 山東町(現米原市)側を見晴らすことができる。

息長陵の手前の道のカーブから
 息長陵と村居田古墳をひっくるめて
  一つの前方後円墳ではないかという説がある。




さらに南に、
資料には無いが、
「横山古墳」と刻まれた石碑がある。




横山城跡
横山丘陵上
長浜市堀部町
 撮影日2012/4/30

 横山丘陵の最高所(標高312m)を中心に三方の尾根にY字状に遺構が配置されている。
主な施設は40ヶ所以上の曲輪で、いたるところに土塁・堀切・竪堀などの防御施設が設けられている
堅固で典型的な戦闘用の山城である。
この城は、当初京極氏の支城として築かれたといわれ、その後浅井氏の南進基地として役割を果たした。

 1570年の姉川合戦(織田氏と浅井氏の攻防)から、歴史の表舞台に登場する。
姉川合戦で、浅井氏から奪った横山城を預った秀吉は、その後何度かの浅井氏の攻撃にも負けず、
浅井氏滅亡の天正元年((1573年)まで、この城を守り通し、信長の背後を守った。
また、秀吉の、その後の活躍の足がかりとして、長浜城にも劣らぬ歴史的価値がある。
              (説明板抜粋)



横山丘陵最高所 標高312m 

横山城跡の石碑と説明板

 頂上の手前にある堀切

曲輪(郭)跡
城内で日常生活や戦いのために平たくつくられた
一つの区画で、濠や土塁で囲まれることが多い。


二重堀切跡
尾根や台地を空堀で二重に切断し
敵の侵入を妨げるためにつくられたもの。


虎口(コクチ)跡
城の出入口

案内板によると、横山城跡から南には「展望台」があって、石田町へ下りる道がある。


展望台に行く途中に見つけた古墳

前方後円墳か?

名前は分からない。

北山塚古墳
(横山古墳群)

滋賀県長浜市堀部町
 (撮影日2007/5/3
 2011/2/20
2012/4/30)

説明板はない。垣籠の集落の中にある。
全長29mの前方後円墳。後円部径20m・高さ2m 前方部幅6m


北山塚全景(撮影日2007/5/3)

北山塚上り口(撮影日2007/5/3)




八幡神社(東)から見た北山塚古墳


北山塚古墳は、
発掘調査が1989年に行われているというが、
見たところ古墳の形や大きさは確認できない。


北山塚古墳の東にある八幡神社付近に古墳マークがあるが、特定できない。
八幡神社から東の横山丘陵に岩田山古墳群があるというが、山に入る道が見つからない。




八幡神社



西塚古墳
 (横山古墳群)
滋賀県長浜市垣籠町
 (撮影日2011/2/20)

集落の中の石段を上がると、八幡神社社務所前の広場があり、
その横にさらに階段。この上にある。


 西塚古墳上り口   (撮影日2011/2/20)
  左側の建物は社務所。
  社務所はあるが社殿がない??

  西塚古墳       (撮影日2011/2/20)
  後方部より前方部を見下ろす

りっぱな古墳に見えるがどうなのだろう。全長29mということだがもっと大きくなって見える。
後で分かったことだが、この丘には神輿塚古墳というのもあるらしいので、
二つの古墳がくっついて見えて大きく見えたのかもしれない。

北方から見た
左 北山塚古墳
右 西塚古墳

 (撮影日2011/2/20)
どちらも、このままの古墳だったらかなり大きなものになる。

丸岡塚古墳
(横山古墳群)

滋賀県長浜市堀部町
 (撮影日2007/5/3
2012?4/30)

東中学校の北側の林。大きな古墳を想像するような森だ。

丸岡塚全景
全長130mの前方後円墳だという。
説明板もなく、古墳の形・大きさは確認できない。
 (撮影日2007/5/3)

南側に学校、東は水田、西は新興住宅地、その中で取り残されたように古墳の林がある。

大通寺 滋賀県長浜市元浜町
(撮影日2002/9/25)

長浜市街の中心地にあり、長浜の「へそ」といわれる。
今大人気のテーマパーク「黒壁スクエア」の東の端にある。

伏見城から移築されたという重文の本堂
狩野山楽や円山応挙などの襖絵は有名である。

長浜駅舎 滋賀県長浜市北船町
(撮影日2002/9/25)

1882年、北陸と京阪神を結ぶ鉄道が開通したが、長浜から大津までは湖上水運だった。
この駅はその当時、船と列車との乗換駅だった。
現存する鉄道駅舎としては一番古い。現在は鉄道資料館となっている。

明治時代にはとてもハイカラな建物だったのだろう。

長浜城 滋賀県長浜市公園町
(撮影日2002/9/25)

長浜市の西側一帯が長浜城址で、現在は公園になっている。
1983年お城のような長浜歴史博物館が建った。
秀吉時代の長浜城より一回り大きいらしい。

秀吉の長浜城の建物・石垣は解体され、
彦根城建築に使われたという。

長浜市の地図y


浜市 終わり

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