北村さんちの遺跡めぐり

多賀町の古墳・遺跡

敏満寺大塚古墳 犬上郡多賀町敏満寺
 (撮影日2018/4/30)

犬上大橋の北端の東南約250mの水田中に、石室が露出している古墳がある。

多賀町立文化財センターの「多賀町の遺跡」の中に入っているが、
  史跡指定になっているわけではないようだ。

 水田中に横穴式石室が完全に露出している。
 天井石は巨石。  詳細不明。

大塚古墳

石室辺りだけが残っている。

方向を変えて見る

天井石

これまで、何回か探してようやく見つかった古墳だ。

飯盛木 犬上郡多賀町大字多賀
 (撮影日2018/4/30)

大塚古墳の北東に大木が2本。

 多賀大社のケヤキ
 元正天皇(715〜724)の病気平癒祈願にケヤキで杓子が謹製された。
 その残り枝を地に挿したものが大木になったと伝承されている。
 東の木が男飯盛木、西側の木が女飯盛木と呼ばれ、
   「お多賀杓子の飯盛木」の言伝えで親しまれている

男飯盛木

樹周6.32m 樹高15m 300年以上

女飯盛木

樹周9.75m 樹高15m 300年以上

樹齢は不明だが相当の古木で
   ケヤキとしては県下最大級  

  

 大岡高塚古墳
町史跡(昭和56から)

多賀町大岡
 (撮影日200710/7)

大岡地区の入り口から「大岡高塚古墳」への案内表示があり、その通りに行けば着く。
発掘調査が行われているようだ。
山麓に造られた古墳。円墳

岡高塚古墳発掘調査現説資料(H19・2・4)がインターネットで公開されている。
    (抜粋)
 西に開口する全長11.6mの右片袖式の横穴式石室は、
  玄室長さ5.2m・奥壁高さ3m・袖部高さ2.9m・奥壁幅1.8m・袖部幅2.0m
  羨道長さ6.4m  玄門部高さ1.8m・開口部高さ2.1m玄門部幅1.3m・開口部幅1.4m
  奥壁の基底石は床面からの高さ2.2m、幅1.8mを測る巨石。
  天井石は3石で構成され、そのうちの2石は径2.1m、2.5mを超える巨石。
 盗掘の被害にあっていると考えられ、奥壁側で盗掘坑が掘られていたり、
 羨道床面付近では火を焚いた痕跡に混じって中世の土師器皿や煮炊具が出土。
 出土遺物は
  装身具類は、玄室内で管玉1・耳環2、羨道で耳環2・ガラス玉1
  製品は、馬具・武器(鉄鏃)・工具(やりがんな)・釘
  馬具は轡3・鐙靼2・辻金具18
  須恵器・土師器
出土した土器から、当古墳は6世紀後半に築造、埋葬され、
6世紀末〜7世紀初頭と7世紀前半の2回にわたり追葬がおこなわれたと推定されている。

大岡高塚古墳付近には13基の古墳がある。(大岡古墳群)


 大岡高塚古墳
  説明板の向こうに石室があるはず。
  が、土嚢で埋められていた。


 墳裾から見る大岡高塚古墳

  墳丘の中腹に石材と思われる石が
    転がっている。 

明治時代中ごろ、たまたま計画された林道によって発見されたまま、
   放置されていたそうだが、ようやく調査されたということか。

500m西には5基の古墳が確認された石塚古墳群がある。(1号墳は径26mの楕円形墳)

 楢崎1号墳

多賀町正楽寺
  (撮影日200710/7)

楢崎古墳群はかつて61基の古墳があった。
ほとんどが円墳で、直径4〜20m程度のもの。
石室からは鉄製の武具・工具・馬具、耳環などの装身具類が出土した。
犬上川左岸の扇状地には、多数の古墳が分布している。
楢崎古墳群は最上流に位置し、下流域の古墳群に比べ副葬品の内容に優位性が認められる。

楢崎1号墳 墳丘測量図

楢崎1号墳は、現存する唯一の古墳で、墳丘・石室とも最大規模のもの。
径15m・高さ3.5mの円墳とされているが、石室規模からすると、
径20m級であった可能性が高い。
右片袖式の横穴式石室は、現存長10.6m、
玄室長6m・幅1.9m・高さ2.9m
羨道の天井石はない。閉塞石が残る
6世紀中ごろの築造と推定されているが、遺物は少なく、確証はない。



楢崎1号墳全景
右側が石室開口部。


楢崎1号墳 石室入り口

石室内部
全長10.6mの横穴式石室

石室の奥壁側に開いた穴
   
奥壁側の穴から石室入り口を見る

楢崎1号墳の横に石室の基礎らしきものがある。
説明が無くて分からない。消滅した古墳の石室か単なるオブジェか?


楢崎古墳群の移築石室?
多賀町の地図y


多賀町の遺跡 終わり

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