北村さんちの遺跡めぐり
更新日2007/8/25

滋賀県高月から近江町へ  撮影日2007/5/3

ゴールデンウィークだ。
「あしたは絶対晴れる」と信じ計画を立てる。
2007年5月3日、早起きし出発。
滋賀県はHP「古墳のお部屋」さんの写真を見て、ここ1年くらいあこがれていて、昨秋は湖西へ行った。
今回は高月から長浜・米原(旧近江町)へ。日帰りで時間の許す限り行ってみる。

AM7:25 自宅出発(ちっとも早くない。どこまで行けるのか?)
AM7:35 ガソリンを補給して、美川インターから高速へ

AM8:40 南条SAで休憩
AM9:15敦賀インターで高速を下り、敦賀の高速道路そばにあるはずの井川地区の立洞2号墳をもう一度探してみる。
(福井県敦賀市の立洞2号墳のページをご覧下さい。)

 見学できず・・・・・。

その後  滋賀県に向かう。
AM9:55 敦賀出発

AM10:30 高月に入る。
        古墳でお弁当を食べようと、ユース高月店で、お弁当を買い、姫塚古墳に向かう。
AM10:55 姫塚に到着

 姫塚古墳
(物部古墳群

県史跡

滋賀県高月町東柳野
 (撮影日2007/5/3)

余呉川左岸の沖積地にある。
田んぼの真ん中にあって遠くからでも見える。
別名 へい塚古墳

姫塚全景
左が削平された前方部だが、
つつじなどが植えられているので、
元の形を保つ。



姫塚後方部

北側から
説明板(平成2年3月設置)には

全長64mの前方後円墳
5世紀代の築造と推定されている。
南側の前方部は削平されたが、幅20mと推定。。
葺石や埴輪などの出土品や埋葬施設は不明。
周濠もあったといわれているが、確認されていない。
前方部の南約50mのところに陪塚と考えられる「みち塚」かある。

となっていたが、

2003年の調査で、
葺石の状況から周壕がめぐる全長78mほどの前方後方墳であることが確認された。
出土土器から、3世紀後半〜4世紀前半の築造と推定されている。

陪塚の「みち塚」は見当たらない。

水田の中にポコンと古墳。素晴らしい景色に感動。

長浜市の地図y

姫塚古墳の西にある松尾宮山古墳に行こうとするが、通り過ぎてしまったので、
先に、横山神社古墳に行く。

AM11:20 横山神社古墳到着

 横山神社古墳
(物部古墳群

県史跡

滋賀県高月町横山
 (撮影日2007/5/3)

横山神社境内にあり、墳丘の上は稲荷神社となっている。
墳丘は破壊はうけているが墳丘の一部が残っている。

別名、コロコロ山古墳


横山神社古墳全景
北側から



横山神社古墳全景
南側から




横山神社古墳後円部
稲荷神社が建つ
説明板(平成2年3月設置)では

前方部を西に向けた全長約36mの前方後円墳
前方部はやや広がり、後円部南側に横穴式石室がある。
古墳時代後期(6世紀)の築造
現在の大きさは
後円部径21m・高さ2.3m
周濠は不明
葺石・埴輪はないと考えられている。

となっていたが、インターネットで調べたら

発掘調査が1989年に、測量調査が1990年に行われた。
前方部の最大幅は15m、高さ1.75m
墳丘の周囲には幅5〜6mの周濠がある。
円筒埴輪、器材埴輪などが採取されており墳丘には埴輪の配列がなされていた。
6世紀中葉ごろの築造と推定されている。

というデータもあった。
実際にはどれが正しいかというより、よくわからないというのが本当のところか?

横山神社の道を挟んですぐ北にある七郷小学校の改築工事の際の発掘調査で、
弥生時代の環濠内の玉造工房とそれに関する遺物が出土した。

周辺では弥生時代中期から古墳時代前期の方形周溝墓群
弥生時代後期以降の竪穴住居とともに
玉類や金属器生産に関わる遺構も確認された。

七郷小学校の東隣に、こんもりとした森がある。

 兵主神社古墳
(物部古墳群

滋賀県高月町横山
 (撮影日2007/5/3)

前方後円墳といわれている。



兵主神社の森






兵主神社入り口
森のトンネル





兵主神社社殿
石造りの可愛い社殿
古墳を掘り込んで参道と社殿が造られたようだ。


説明板もなく、詳しいことは分からない。

小学校の西側の道を北にまっすぐ行くと、湧出山(ゆるぎやま)にぶつかる。
ふもとには日吉神社と赤後寺がくっついた大きな寺(神社?)がある。

日吉神社赤後寺
立派なお寺
東隣には長照寺がある。


湧出山には古墳があるという。
赤後寺から湧出山に登る遊歩道が東に続いているので、
朝買ったお弁当を持って登る。
登りだしてすぐ、赤後寺の東隣の長照寺うしろの崖に、崩れかけた石室がある。

 唐川宮山古墳群

滋賀県高月町唐川
 (撮影日2007/5/3)

唐川宮山古墳という。
湧出山古墳群とは区別しているのか?


遊歩道下の崖に鎖で囲まれている。
転がりそうになりながら崖を下りると石室が。


天井石が前に落ちている。



奥壁の石はきっちり積み上げられている。




唐川宮山古墳は湧出山南麓にあり、横穴式石室4基が確認されていて
3号墳は良好に残り、多数の副葬品が発見されたという。

説明板も見つからず詳しいことは分からない。

さらに登ると、中腹に広場があったので、
倒れた大きな案内板(うつ伏せに倒れているので何が書いてあるのか分からない)の柱に座って、弁当を食べる。
すぐ上に東郷平八郎の碑が立っている。


東郷平八郎の碑


食べている途中、北東側から女性3人組が登ってきた。
「こんにちは!」
彼女たちはウォーキングなのかなぁ。

食事を終え、もう少し登ってみる。


涌出山中腹からの景色
真ん中の林は
横山神社古墳

もう少し登る・・・・・・・・
前方後円墳だ!

PM0:30 涌出山古墳(1号墳)に到着

 湧出(ゆるぎ)山古墳群

滋賀県高月町唐川
 (撮影日2007/5/3)

前方後円墳1基・方墳6基・円墳4〜5基で構成される古墳群。



B支群・涌出山古墳(1号墳)の後円部頂
墳頂に三角点(199.9m)がある。
涌出山古墳(1号墳)は
全長35mの前方後円墳






B支群・涌出山古墳の西隣の円墳から
涌出山古墳を見る









涌出山古墳から西の円墳群を見る
一番向こうに見えるのがC古墳か





涌出山C古墳





さっき出会った女性3人組は木陰でお弁当を食べながら談笑している。


D支群・茶臼古墳

東から

茶臼古墳は1辺18mの方墳
涌出山の最高所(204m)に位置している。

D支群・茶臼古墳を
西隣の方墳から見る





D支群・茶臼古墳の隣の方墳
一辺14〜17m・高さ0.5〜2mの方墳
赤後寺の東から登り、涌出山を縦断、西側から下り、赤後寺に戻ってきた。

後日調べたら、涌出山古墳群の配置図が見つかった。
(滋賀県埋文ニュース第307号 2005.11.1)
涌出山付近の地図

  涌出山古墳群リスト
A群 円墳1基(A古墳) A古墳は、1973年発掘調査。土取りのため消滅。
 径12.4m・高さ3.5mの円墳。
 2段に円筒埴輪・朝顔形埴輪が並ぶ。葺石なし・段築なし
 簡略した竪穴式石室に木棺(長さ2m・幅0.6m)があった。
 棺内から、珠文鏡・鉄刀・刀子片・勾玉・管玉・ガラス玉が出土。
 5世紀末の築造
B群 前方後円墳1基
 (涌出山古墳・1号墳)
円墳2基
墳形不明古墳1基
涌出山古墳(1号墳)は1986年測量調査、1989年発掘調査
  全長35mの前方後円墳
   後円部径23m・高さ5m、前方部幅17m
   葺石なし・埴輪なし
涌出山古墳(1号墳)の西に3基の古墳が並ぶ。
C群 方墳1基(C古墳) C古墳は、2005年発掘調査
 約16×13mの長方形と推定され、現状の墳丘高は約0.5m(以内)
 地山を若干整形して盛土、、当初から低い墳丘だった。
 主体部は木棺直葬で、その床底はU字形。
 二段墓壙と推定され、
 木棺が納められた下段は残存上面で長さ5m以上・幅0.9m・深さ0.5m、
 上段は残存上面で長さ5.3m以上、幅2m前後。
 木棺内中央付近で
     鉄剣1・刀子1・鉄鏃1
 木棺内東端付近で
     鉄斧状鉄器3・刀子4・鉄針状鉄器1以上、形態が把握できない鉄製品1
 が出土。
 木棺内から朱も検出。
 墳丘南側裾周辺で
     木棺内出土と同様の鉄斧状鉄器1が出土。
5世紀中頃までには築造されたと推定されている。
D群 茶臼古墳(1辺18m)
を中心に方墳5基
茶臼古墳は、一辺18mの方墳
茶臼古墳の西隣は、一辺14〜17m・高さ2mの方墳
E群 円墳1基(桜椅古墳) 径25mの円墳

 C号墳の調査の際、弥生時代中期後葉の土器・石器類が出土し、同時期の遺構も発見され、
C号墳周辺でも土器類と遺構が検出された。
B支群の東側およびC号墳からD支群の間でも、同時期の土器片が出土した。
湧出山は高地性集落の遺跡(涌出山遺跡)としても、位置づけられている。

午前中に通り過ぎてしまった松尾宮山古墳へ行こう。
松尾で案内表示が出ているけれども、分かりにくい。
農作業をしている男性に尋ねて、古墳のすそに到達。
道には門扉が付いていている。
かなり急な崖にあるので、だれでも入り込めないようにしているのか。
扉を開けて崖を登る。

PM1:25 松尾宮山古墳に到着

 松尾宮山古墳群
県史跡

滋賀県高月町松尾
 (撮影日2007/5/3)

松尾宮山古墳群は、通称サイト山の南斜面とふもとに分布する後期・終末期の古墳群。
3基確認されている。
そのうち2基の横穴式石室に石棺が存在する。
明治時代に発掘されて、須恵器・土師器などの土器のほか、
耳環類・鉄器(直刀・鉄鏃)・玉類(勾玉・管玉・切小玉)が出土したという記録がある。

1号墳は1990年に整備を目的に確認調査が行われた。


松尾宮山1号墳への登り口
急斜面に階段がある。
上に松尾宮山1号墳の石室の覆い屋が見える。
1号墳は東西17m・南北13mの外護列石を持つ2段築成の方墳

松尾宮山1号墳石室入り口
保護するために屋根がある。
石室は天井石の大部分と開口部付近の側壁がない。
南方向に開口する横穴式石室は全長8.5m・幅1.4mの無袖形



松尾宮山1号墳石室内部
玄室の真ん中に刳抜式家形石棺が置かれている。
玄室床面には石が敷かれている
鉄釘が出土した
他の古墳は見当たらない。
横穴式石室に石棺があるというもう1つの古墳は埋め戻されたという。

松尾地区の南東200mぐらいのところの(株)ヤンマーの東隣の林の中に大森古墳がある。
細長くのびた尾根の先端部に、門扉があるので、そこをあけて入ってみる。
無住の小さなお寺がある。


大森古墳を守るようにして建つ
龍頭山普門寺



その奥に大森古墳があるらしい。

・・・・と、男性がやってきて、
「大森古墳はどこですか?」とたずねられた。
「私たちも今探しているところです。」

その男性は千葉から来て、タクシーで古墳めぐりをしているそうで、
大森古墳を見学して大急ぎで去っていった。
同じ趣味を持つ人に初めて出会った。
群馬県の朝子塚古墳で、バイクで古墳見学している人に出会った(言葉は交わさなかった)ことを思い出した。

 大森古墳(山畑1号墳)
山畑古墳群

滋賀県高月町松尾
 (撮影日2007/5/3)

山畑古墳群は、通称サイト山の尾根上に形成された古墳群で、
松尾宮山古墳群と同じ山並みの東の細長くのびた尾根の先端にある。
一部が磯野山城や己高山に関連する松尾寺の遺構と重複している。
また、同一山塊には国史跡古保利古墳群(こほりこふんぐん)を始めとして、
150基以上の古墳が分布している。
前方後方墳の1号墳と円墳・方墳10数基で構成されている山畑古墳群の1号墳が、
大森古墳と呼ばれている。

大森古墳後方部
逆光に負けて立派な古墳がよく見えない。
説明板では
大森古墳(山畑1号墳)
全長約62m 後方部39×32m  前方部長さ24m・先端部幅25m
くびれ部幅13m
前方部は後方部の規模から考えるとやや短く、先端部は比較的開く。
後方部はかなり長方形で、尾根幅を最大限利用している。
自然地形を最大限利用しているため、後方部と前方部の主軸方向がねじれている。
墳丘形の解釈によっては、全長80m程の双方中方墳という特殊な形状に復元することもできる。
2段築成の可能性がある。葺石・埴輪は不明。
4世紀末〜5世紀前半の築造
となっている。

滋賀県文化財学習シートでは、
後方部から壺形(つぼがた)などの土器類が出土しており、
これらの土器の年代から大森古墳は、3世紀前葉に築造された、国内でも最古級の古墳であると想定されている
となっていた。。

2号墳は、尾根先端に位置。大森古墳の陪塚的存在の小円墳。(分からなかった)

「姫塚」があれば、「父塚」もある。
M2:20 父塚古墳に到着

 父塚古墳
(物部古墳群

滋賀県高月町東阿閉
 (撮影日2007/5/3)




父塚古墳全景

道路側から











父塚古墳
反対側から


説明板から
墳丘上に稲荷神社が鎮座し、直径30mほどの古墳時代後期の円墳と考えられていた。
1992年の部分調査で、古墳の周濠と7世紀以降の集落あとが確認された。
周濠は幅17〜18m、深さ1.5m全周していない。
復原すると径40mの円墳か全長60mの前方後円墳

でも分からないことが多くて、何ともいえないみたいだ。

長浜市高月町の地図y

高月町の主な古墳の位置(滋賀県埋文ニュース第307号 2005.11.1から)

1 湧出山1号墳 (湧出山古墳群) 全長35mの前方後円墳 
2 茶臼古墳 (湧出山古墳群) 1辺18mの方墳
3 桜椅古墳 (湧出山古墳群) 径25mの円墳
4 唐川宮山古墳群  横穴式石室4基 
5 横山神社古墳 (物部古墳群) 全長約36mの前方後円墳 
6 兵主神社古墳 (湧出山古墳群) 前方後円墳 
7 松尾宮山古墳群 2基の横穴式石室に石棺 
8 大森古墳 (山畑古墳群) 全長62mの前方後方墳
9 姫塚古墳 (物部古墳群) 全長64mの前方後円墳 
10 父塚古墳 (物部古墳群) 径40mの円墳(全長60mの前方後円墳) 
11 五位塚古墳  
12 瓢箪塚古墳 全長30m以上の前方後円墳
6世紀中葉
13 尾山古墳 前方後円墳
14 北馬上古墳  
15 馬上山古墳  
16 円願寺裏山古墳  
17 古保利古墳群
(国史跡)
前方後円墳8基・前方後方墳8基
・円墳79基・方墳37基が確認されている。

小松古墳は全長60mの前方後方墳
西野山古墳は全長90mの前方後円墳
18 物部大将軍塚古墳 別名 下生塚古墳
19 上生塚古墳
20 瓢塚古墳
21 若宮山古墳 全長50mの前方後円墳

高月にはなんとたくさんの古墳があるのか!
調査があまりなされてなくて、情報がいくつもあるというのは、
現状のまま保存されている遺跡だからか?

PM2:35 高月町から長浜茶臼山古墳に向かう。

長浜・米原のページにつつく

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