北村さんちの遺跡めぐり
更新日 2016/12/2

川西市石道周辺の神社めぐり
2016/10/15

長男一家と川西市の「天然温泉石道」に行ったので、その周辺の神社見学。
「天然温泉石道」は風呂と食事がとても良かったです。

天然温泉石道付近の地図

石道・素盞嗚神社
イシミチ スサノオジンジャ

川西市石道
 (撮影日2013/10/15)

石道の集落の北端にある。手前の集会所に駐車させていただいて見学。
狭い道の奥にひっそりと鎮座している。
資料がないので詳細不明。


鳥居をくぐる。昼でも暗い・・・

鳥居と社殿の間には、堀がある。手前が堀。
自然地形か?人工的なものか?

狛犬が守っている社殿

扁額


戸隠神社

川辺郡猪名川町肝川字西ノ前
 (撮影日2013/10/15)

本殿は国指定文化財となっている。

 神社の創立については明らかでないが、
  江戸時代は「氏神九頭大明神」として史料に見え、
   肝川村の鎮守さまとして祀られていたことがわかる。
 明治以降、社名を戸隠神社と改めた。
 祭神は、天手力雄命
 国指定文化財となっている本殿は、覆い屋に囲われている。
 昭和63年から平成元年まで全面解体修理が行われた。

 本殿は、棟札や、建物部材に記されていた墨書から、
  室町時代後期の大永4年(1524)に棟上げされたことがわかる。

 また、造営した大工についても
  「ミノ三郎次郎衛門」「つくなミ源三郎」「をゝい孫七」ほか数名の名前が発見されている

 これらの地名は、
  現在の川西市見野、猪名川町槻並、北田原字大井に当たり、
   塔地域の大工が造営に当たったものと考えられている。
 その後、安永7年(1778)に社殿の移転があり、
    南方300mの山腹から現在の地に移されたことが記録により判明している。
 明治時代に屋根が杉皮葺に変更されていたが、この度の修理で板葺き屋根に復元した。
 この本殿は、古い時代から保存状態が良く、しかも当初材の風化が少ない。
 したがって造営後、早い時期に覆い屋が施されたと考えられる。
 国の附(ツケタリ)指定を受けている、造営時の「蟇(カエル)股」の一部が保存されている。
             (説明板から)

戸隠神社参道入口

鳥居をくぐって石段を上がる

拝殿

拝殿の奥に本殿の覆い屋

覆い屋の中の本殿
赤い!!

本殿一間社  春日造・極彩色

屋根は板葺

間口4.21尺(1.3m)・奥行6.99尺(2.2m)



「戸隠神社本殿修理記」という説明板もある。
周りには、ニュータウンが、広がっているが、昔からの集落は静かだ。
こんなところに国の指定文化財がひっそりとあるのに感動です。

広根・素盞嗚神社
ヒロネ スサノオジンジャ

川辺郡猪名川町広根
 (撮影日2013/10/15)

秋祭りのイベントが終わったばかりらしく、人々が帰るところのようだ。
近くに多田銀山があるので、遊歩道が整備され、広根素盞嗚神社の奥から銀山悠久の館までの散策を楽しめるようになっている(らしい)。

 創建は不詳だが、「中御門天皇」の御宇、正徳3年(1713)再興するとある。
 その後、明治10年・昭和51年に再々修復する。
 慶長2年(1597)、元禄5年(1692)の記録にあるので、その前から御鎮座していると考えられる。
 明治6年村社に列格する。同年、銀山川を隔てて南側にあった秋葉神社を移し末社とする。
 秋祭りには、太鼓の巡行をする。   
                (説明板から)

入口手前にある案内板

神社入口 社務所が見えている。

社務所前にはお神輿が置かれていた。
左の鳥居の奥に社殿がある。

居をくぐって階段を上がる

お祭りで拝殿の扉が開き、御神灯が飾られている。

背後のスサノオいこいの広場から見た本殿
小さいながら、立派な建物だ。新しい。
 素盞嗚神社の横には、曹洞宗雲覚寺がある。
   この寺は、18世紀後半に神宮寺として、この地に移転されたことが伝わっている。
   雲覚寺の境内には、高徳稲荷が祀られている。

雲覚寺の鐘楼越しに見る高徳稲荷
鐘楼と鳥居が並んでいるのが面白くて写真を撮る。

高徳稲荷
(神宮寺とは、日本で神仏習合思想に基づき、神社に付属して建てられた寺院や仏堂。)

石道と広根の素盞嗚神社を見学したが、地図を見ていると、他にも近くに素盞嗚神社というのがある。
どうして素盞嗚神社があちこちにあるのかな?と思っていたら、
同じ様なことを考えた人がいるらしく、
「豊能町吉川地区のむかし話」というHPを見つけた。
その中に『この辺りになぜか多い「素盞嗚神社」』というページがある。
興味のある方はご覧ください。


丹後・2016秋 (京都府)に つづく

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