奈良の旅・その5
河合町・広陵町
2009年11月3日〜11月7日

11月7日、旅行最終日。
馬見古墳群を見られるだけ見る。
午前8時20分、3泊世話になったスーパーホテル大和郡山をチェックアウト
JOMOでガソリン給油をして、川合大塚山古墳に向かう。

馬見古墳群 河合町・川西町・広陵町・
香芝市・大和高田市

馬見古墳群の地図y

川合大塚山古墳群
馬見古墳群・北群
国史跡
河合町川合
撮影日2009/11/7

川合大塚山古墳の辺りには
前方後円墳3・円墳4・方墳1が確認されていて、川合大塚山古墳群といわれている。

周壕がそのまま水田となっていて、すばらしい!

川合大塚山古墳を
後円部側から見る

丸山古墳の辺りから撮る
大きくて全体は見えない




川合大塚山古墳
後円部の墳丘と周壕跡

周壕跡は古墳の周りを盾形に囲んでいる。



川合大塚山古墳
前方部の端と周壕跡





奈良盆地内で最も低い平地に8基の古墳が確認されている。



丸山古墳

径48mの円墳


城山古墳

全長109mの前方後円墳
全体に低くなり、畑となっている。

他に中良塚古墳という前方後円墳がある。
その西に高山塚2・3・4号古墳という小円墳3基がある


川合大塚山古墳群配置図



大塚山古墳群
大塚山古墳 前方後円墳
全長197m
周濠・周堤・外周溝・外堤
がある。
5世紀後半
城山古墳 前方後円墳
全長109m
中世には城砦として利用 5世紀末〜
6世紀初頭
中良塚古墳
(高山塚一号古墳)
前方後円墳
全長88m
周壕がある。   
高山二号墳
(高山塚二号古墳) 
円墳・径35m 人物埴輪や動物埴輪の
一部が出土
  
高山三号墳
(高山塚三号古墳) 
円墳・径30m 周濠部から滑石製勾玉が
出土
 
高山四号墳
(高山塚四号古墳)
円墳・
径20m以上
  
丸山古墳
円墳・径48m 周壕  
九僧塚古墳 
方墳
一辺35m
大塚山古墳の外周溝に
接している
 

新木山(ニキヤマ)古墳
三吉陵墓参考地
馬見古墳群丘陵中央群
北葛城郡広陵町赤部
撮影日2009/11/7

三吉陵墓参考地となり宮内庁の管理となっている。



新木山古墳
右後方が後円部






三吉石塚古墳から見た
新木山古墳




新木山古墳
、前方部を東に向ける
全長200mの前方後円墳
後円部径117m・高さ19m、
前方部幅118m・高さ約17m。
くびれ部には造り出しがある。
周濠と外堤が巡る。
埴輪(円筒埴輪)あり、葺石あり。
埋葬施設は竪穴式石室か?。
後円部頂上に大きな盗掘穴があるという。(広陵町南郷の山王神社にある石棺仏は、この古墳から出土?)
勾玉や管玉が出土
5世紀前半(古墳時代中期後葉)の築造と推定されている。

三吉石塚古墳
馬見古墳群丘陵中央群
県史跡
北葛城郡広陵町三吉
撮影日2009/11/7

新木山古墳の外堤西に接するようにある。
古墳の遺構を盛土で保存した上に、かさあげ方式で築造当初の姿に復元整備している。



三吉石塚古墳





三吉石塚古墳

前方部の南側・くびれ部から南東方向に舌状に延びる張出部

張出部は基幹部で幅7m・前端部幅3.2m
北東隅に比べ3m程弧状に張り出している。





三吉石塚古墳
整備平面図

赤いところが前方部張出部

三吉石塚古墳は、前方部を東に向ける。
全長45mの帆立貝式古墳
後円部径40m・後円部高さ6.5m、
前方部長7m・前方部前端幅22.5m・前方部高さ3m
2段築成 葺石あり埴輪あり。
周囲には馬蹄形の堀があり外堤があり、堤を含めた全長は62mとなる。
巡るが水をたたえた痕がない


埋葬施設は未調査だが、粘土槨と思われる。(既に破壊?)
円筒埴輪、朝顔形埴輪の他にキヌガサ、家、甲冑などの形象埴輪が出土。
5世紀後半の築造と推定されている。

新山(シンヤマ)古墳
大塚陵墓参考地
馬見古墳群南群
北葛城郡広陵町大塚
撮影日2009/11/7

大塚陵墓参考地として宮内庁が管理している。

新山古墳
木に覆われていて
形の確認はできない



新山古墳
墳丘内部の様子



新山古墳 前方部を南南西に向ける
全長126mの前方後方墳 
後方部幅67m・前方部幅66m
周囲に一部、池が巡っているが周濠ではない?
埴輪あり。
1885年に当時の所有者が植林中に後方部中央で大石を発見、
竪穴式石室と思われる所から多量の遺物が発見された。
板石組の石棺があったというが詳細は不明。
車輪石、鍬形石、石釧などの石製品や、
金銅製帯金具、刀剣類や34面の鏡が出土。
4世紀末の築造と推定されている。
馬見古墳群のなかで最初に造られた古墳と考えられている。
1981年の古墳北側の調査で、
円筒棺7基・土壙墓1基などが発掘
された。

安部山古墳群
馬見古墳群丘陵中央群
北葛城郡広陵町馬見南2丁目
西山公園内
撮影日2009/11/7

安部山古墳群は、新山古墳の北東にある西山公園付近にあり、
7基確認されている。
発掘調査がなされていて、
1号墳は前方後円墳、そのほかは円墳で
埋葬施設はいろいろあっておもしろそう。

2・3号墳は消滅しているが他は保存されている。

説明板などは見当たらない。



安部山1号墳
後円部から前方部を見る。


西山公園にある。
安部山1号墳
全長42mの後期の前方後円墳
後円部径25m・前方部幅20m
土壙に組合式木棺を直葬
金環・勾玉・紡錘車・鉄器・槍・須恵器・土師器などが出土した。



安部山1号墳
前方部から後円部を見る

形がよくわかる。

西山公園の小山はみんな古墳?!

他にも
モエサシ古墳群(前方後円墳1・円墳2)
  新山古墳の南西のみささぎ台公園に保存
エガミ田古墳群(方墳1・円墳5)
  みさざぎ台公園の西の黒石公園に保存
などがあるというので探してみるが、住宅地の中で道も狭く、
車をおいて探す事もできず、あきらめる。

牧野(バクヤ)古墳
馬見古墳群丘陵中央群
国史跡
北葛城郡広陵町馬見北
撮影日2009/11/7

牧野古墳を現状のまま保存するために、牧野史跡公園となっている。




牧野古墳全景









石室開口部
残念な事に鍵がかかっている。
墳丘の2段目に開口している。



石室内部

玄室に壊れた石棺が残っている。

1984年に調査されている。


牧野古墳実測図


牧野古墳
径48〜60m・高さ約12mの円墳
3段築成。墳丘2段目の南側に石室が開口している。
両袖式横穴式石室は全長17.1mで
玄室長6.7m・幅3.2〜3.3m・高4.5m、
羨道長10.2〜10.7m・幅1.8m、高2.0〜2.2m
排水溝がある。
(今は一つしかないが)玄室には2つ石棺が置かれていた。
 奥壁側に横向きに竜山石の刳抜式家型石棺、
 手前に石室主軸に並行して組合式家型石棺があった。
棺内の遺物はない
玄室奥壁と石棺の間で鉄鏃、馬具類、銀装太刀、ガラス小玉、桃核、
玄室右側壁と組合式石棺の間からは馬具、鉄鏃、須恵器片等
玄門周辺では朱、ガラス粟玉、鉄刀、金環等
羨道部で須恵器、木製容器の他、雲珠、杏葉、障泥金具(日本初の出土)等の馬具等
が出土した。
6世紀末の築造と推定されている。
舒明天皇の父にあたる押坂彦人大兄皇子(オシサカヒコヒトノオオエノオウジ)の成相墓の可能性が高いといわれている。

伝 文代山古墳石棺
公園内に保存されている。
長さ約240cm・最大幅約90cm
長持形石棺の底石
石棺を組み立てたときの溝が残っている。

広陵町寺戸の下池吐水口の橋に利用されていた。
昭和35年の下池堤改修工事の際に
水路の横に放置されていたものをここに移転、設置した。
文代山古墳は下池の東南約100mに位置する
寺戸方形墳ともいう。
一辺約40mの方墳
周壕、外提がある。
5世紀後半の築造と推定されている。
(本ホームページの馬見丘陵公園古墳分布図では、20番の古墳)

佐味田宝塚古墳は牧野古墳の北側にあlり、案内表示も見つけたが、
入る道がわからずあきらめる。
今度もう一度行ってみたいと思う。

佐味田宝塚古墳

  4世紀後半の前方後円墳で全長112m、前方部は北東をむく。
  鰭付円筒埴輪がめぐる。
  1885年(盗掘)に勾玉などの玉類、銅鏡 巴形銅器石釧路などの石製品が出土した。
  銅鏡は36面も出土している。(家屋文鏡もある。)

佐味田狐塚古墳という道路に分断された古墳もある。
佐味田狐塚古墳は、
 昭和50年に発見、調査後後円部中央に道路が通る。
 南向きの帆立貝式古墳で全長86m・後円部径66m・前方部復元幅25.5m。
 巣山古墳北西隅の周庭帯にくっついている。

巣山古墳
馬見古墳群丘陵中央群
特別史跡
北葛城郡広陵町三吉
馬見古墳公園内
撮影日2009/11/7

馬見丘陵公園の南端にある。


巣山古墳
左(北)前方部
右側後円部

墳丘手前に出島状遺構らしきところが見えている。


巣山古墳の前方部西側にある
出島状遺構

2003年、前方部西側の中央で
2段築成の葺石を施した出島状遺構を発掘、
水鳥形埴輪3・家形埴輪7・きぬがさ形埴輪7など
多くの形象埴輪や器材埴輪が出土した。

巣山古墳
前方部を北に向ける。
復元全長220mの前方後円墳
後円部径約130m、高さ約19m、
前方部先端幅約112m、高さ約16.5m
 (現状全長210m、後円部径118m・高さ17m、前方部幅96m・高さ約15m)
左右くびれ部に造り出しがある
3段築成。周濠・外堤・周庭帯がある。
埴輪、葺石あり。
後円部中央に竪穴式石室が2基、前方部にも小石室があるらしい。
明治時代の盗掘で、
石室から、鍬形石、車輪石、石釧等の石製品や勾玉(長さ10cm)、管玉等の玉類が出土、
鏡、銅釧、冠も出土したらしい
4世紀末の築造と推定されている。

見丘陵公園古墳分布図(園内の説明板から作成)

1 ナガレ山古墳 前方後円墳 全長105m
2 ナガレ山北1号墳
3 ナガレ山北2号墳
4 ナガレ山北3号墳
5 ナガレ山北4号墳
6 ナガレ山北5号墳
7 坊塚古墳(消滅)
8 石塚1号墳(移築)
9 石塚2号墳(移築)
10 石塚3号墳(消滅)
11 ナガレ山東1号墳
12 ナガレ山東2号墳
13 別所下古墳 円墳 径60m
14 別所下2号墳 円墳
15 カタビ1号墳
16 カタビ2号墳
17 カタビ3号墳
18 カタビ4号墳
19 乙女山古墳 帆立貝形古墳 全長130m・後円部径104m
20 文代山古墳 方墳 44m×40.5m
21 一本松古墳 前方後円墳 全長130m・後円部径80m
22 倉塚古墳 前方後円墳 全長180m・後円部径106m
23 倉塚1号円筒棺出土地
24 倉塚2号円筒棺出土地
25 狐塚古墳 帆立貝形古墳 全長86m・後円部径66m
26 タダオシ古墳 前方後円墳 全長48m・後円部径29m
27 三吉2号墳 帆立貝形古墳 全長90m 後円部径78m
28 三吉3号墳
29 巣山古墳 前方後円墳 全長220m・後円部径130m
30 讃岐神社古墳
31 池上古墳 帆立貝形古墳 全長92m・後円部径80.6m

ナガレ山古墳 
馬見古墳群丘陵中央群
国史跡
北葛城郡河合町大字佐味田
馬見丘陵公園内
撮影日2009/11/7

広陵町寺戸のコンビニで弁当を買い、馬見丘陵公園公園館横の駐車場に駐車。
公園館は後で入る事とする。
ナガレ山古墳で弁当を食べる。


ナガレ山古墳を東南の墳裾から見る。
1970年から土取りで東側が破壊されたため、国史跡となり保存された。
1988年(昭和63年)から発掘調査、
破壊された墳丘部分を築造当初の姿に復元した。
西側は芝生を張って整備した。




ナガレ山古墳の前方部から後円部を見る。


発掘で2段分の円筒埴輪列と葺石の確認、
東裾くびれ部の前方部寄りで円筒埴輪を2列に並べた通路を確認した。


後円部から前方部を見る
前方部には埋葬部分が示されている






前方部の埋葬部分
粘土槨の中に組合箱型木棺があった。






ナガレ山古墳平面図
説明板から




ナガレ山古墳
全長105mの前方後円墳
後円部径64m・高さ8.8m、
前方部幅70m・高さ6m
埴輪列あり、葺石あり
後円部3段、前方部2段築成
前方部に組合箱型木棺を粘土で覆った粘土槨が確認された。
後円部は未発掘だが、盗掘の時捨てられた土から勾玉などが出土。
円筒埴輪、朝顔形、蓋形、盾形、家形埴輪
滑石製模造品
などが出土している。
5世紀前半の築造と推定されている。

別所下古墳
馬見古墳群丘陵中央群
北葛城郡河合町大字佐味田
馬見丘陵公園内

撮影日2009/11/7

公園内に保存。


別所下古墳

ちゃんと説明板がある。


別所下古墳
径60m・高さ6mの円墳
幅6mの周濠があり。埴輪列あり、葺石はなし
埋葬施設は未調査
鰭付円筒埴輪・形象埴輪が出土
5世紀中〜後半の築造と推定されている。
1986年に外形測量と部分的な発掘が行われた。

倉塚古墳
馬見古墳群丘陵中央群
北葛城郡河合町大字佐味田
馬見丘陵公園内
撮影日2009/11/7

公園に溶け込んでいる


後円部から前方部を見る
全体に低くなだらかで、ちょっと見たところ古墳には見えない。


墳丘に上ったら古墳に見えてきた。


前方部から後円部を見る。






倉塚古墳実測図
説明板から

倉塚古墳は 前方部を東に向ける。
全長180mの前方後円墳
後円部径106m・高さ12m、前方部幅70m。。
墳丘の東北部に周濠状の地形がある。


一本松古墳
馬見古墳群丘陵中央群
北葛城郡河合町大字佐味田
馬見丘陵公園内

撮影日2009/11/7

公園に溶け込んでいる。


一本松古墳
後円部

この向こう側に前方部が延びている。
公園の中に溶け込んでいる。
古墳の上でみんな遊んでいる。





一本松古墳実測図
説明板から


一本松古墳は 前方部を北東に向ける
全長133mの前方後円墳
後円部径80m・前方部幅80m。
周濠の一部と外堤が確認されている。
埴輪なし、葺石なし。
4世紀中葉の築造と推定されている。
(2006年に後円部南東側隣接地を調査、周濠と外堤の一部が確認され、
 外堤の上面で埴輪棺墓と土壙墓が発見された。)

乙女山古墳
馬見古墳群丘陵中央群
国史跡
北葛城郡河合町大字佐味田
馬見丘陵公園内

撮影日2009/11/7

雑木に覆われていてよくわからない。説明板も墳丘の向こう側にあってなかなか見つからなかった。
墳丘に自由に上れるが、これだけ木が生い茂っていると、入ろうという気にならない。


乙女山古墳
周壕の跡が残っているので周りを歩くと
大きさががわかる



周りを歩いただけでは造り出しはわからなかった。

乙女山古墳実測図
1987年、範囲確認と造り出しの一部の発掘調査

乙女山古墳は 前方部を東南に向ける
全長130mの帆立貝式古墳
後円部径104m・高さ14.6m
前方部長30m・前方部幅52m・高さ3.5m
後円部の南西側に方形の張り出し部(幅22m・長さ12m)がある。
周濠の周囲に幅約30mの外堤がめぐる。
埴輪あり 葺石あり
後円部頂には白石が敷かれている。
埋葬施設は粘土槨に木棺と思われる。
墳頂部等で、滑石製の勾玉、臼玉、刀子、鎌などが採集された。
発掘調査で、造り出し部で葺石と円筒埴輪列を確認、
家形などの形象埴輪も出土。
5世紀前半の築造と推定されている。


乙女山古墳を見たあと、公園館に入る。
入場無料。パンフレットももらえる。
馬見丘陵公園の自然や古墳の解説がいっぱいある。
なかなかの内容だった。

旅行最終日なので、お土産なども買いたくて、
馬見丘陵公園を午後3時ごろ出る。
馬見丘陵公園の北エリアには池上古墳というのがあるが、
北エリアは遠くて歩く時間がないだろうとあきらめる。

アピタ大和郡山でお土産を買って、ほっとして、北上。
薬師寺や唐招提寺の横を通り、さらに北上

最後に、ヒシアゲ古墳史跡公園に行く。

ヒシアゲ古墳史跡公園

奈良市佐紀町
撮影日2009/11/7

ヒシアゲ古墳のページも合わせてご覧ください。

「奈良県の歴史散歩」に
ヒシアゲ古墳後円部北東に遺跡公園があると書いてあったので見に行く。
ヒシアゲ古墳の東横の薄暗い狭い道を進むと小さな公園が・・・・




復元された円筒埴輪列

敷石部分が周堤の位置を示している。
出土した埴輪を参考に埴輪列を一部復元している。
2001年の発掘調査で、円筒埴輪列と葺石の様子が明らかになった。





ヒシアゲ古墳史跡公園
付近の地図
    説明板から






公園の北にあるヒシアゲ古墳陪塚

説明板の図をみると
方墳のようだ。



確かに周提外濠の円筒埴輪列や葺石の一部復元がなされているが
あまりにも一部分で地味な史跡公園なので見過ごすところだった。
居合わせた公園そばに住む女性は「ここはただの公園です」と言っていた。

16:25 京奈和道路に入る。
      木津ICから城陽IC
17:00  巨椋ICから京滋バイパス
      瀬田東JCTから名神高速道路
18:00  多賀SAで休憩
      米原JCTから北陸
自動車道
18:40  賤ヶ岳SAで夕食  1200円
21:00に 自宅到着

合計480km の旅はおしまい

後日ETCカードの支払いを確認したところ
 出発日は祝日、帰着日は土曜日でどちらもETC割引が有効で
行きも帰りも 有料道路の料金は1700円、合計3400円
となっていた。

奈良の旅  おわり

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