更新日2016/5/10

大阪南部から和歌山県へ・その9
岩橋千塚古墳群その2
2015/12/3~12/6

古墳探索の旅三日目、岩橋千塚古墳群・その2は、天王塚山古墳(通称・天王塚古墳)から始まる

和歌山県の地図g



岩橋千塚古墳群全体図

北は上です。

いろいろな資料から作成したので、イメージ図と考えてください。


天王塚山古墳は、和佐地区の古墳ということか?



前山A地区と前山B地区には、 描き切れないほどの古墳がある。

主な前方後円墳しか描いていない。

井辺地区には前方後円墳はないので、代表的な井辺1号墳を示してある。

特別史跡として保護するために墳丘の範囲確認調査や測量調査が行われ、
        一か月半ほど前に現地説明会(2015/10/17)が開催されたばかりの天王塚山古墳。
現説資料がインターネット上で公開されている。

風土記の丘でもらったパンフレットには掲載されていない古墳だが、道は続いている。
前山A地区の南端にある休憩所から、東に歩いて25分と現説資料には書かれているが、急いで行ったら15分で着いた。


天王塚山古墳への道沿いの古墳


まだ 前山A地区の古墳
たぶん 前山A8号墳かA10号墳




途中、彦地峠を通ります

この先、きつい登坂の向こうに天王塚古墳がある。


天王塚山古墳 和歌山市吉礼・下和佐
2016/12/5

水道タンクの向こう側に墳丘。 

 天王塚山古墳(通称・天王塚古墳)は、岩橋山地の大日山と矢田峠のほぼ中間にある。
  岩橋山地のなかでは最高所につくられた前方後円墳(頂上の標高153.8m)。  



天王塚山古墳墳丘図 
   (現説資料から゙)

平成27年に史跡として保存することを目的とした調査で、
     全長88mの前方後円墳と確認された。
       
和歌山県内最大の前方後円墳

葺石なし、埴輪なし、造り出しなし、基壇なし
  
後円部と前方部で、テラスと段築が2段確認されている。

墳丘の盛土の中には弥生時代の土器や石器が多く含まれていて、
    山頂には弥生時代の集落があったと考えられている。


 昭和39年の発掘調査では、高さ5.9mの横穴式石室が確認されている。


横穴式石室図

(現説資料から)


 
南に開口する横穴式石室は全長10.59m   玄室の奥壁高さはは5.9mと非常に高い。
  須恵器、玉類、ガラス小玉、馬具、鉄鏃などが出土している。
 
6世紀の中ごろの築造と推定されている。

前方部前面
奥に後円部がある。左は、水道タンク。

前方部の盗掘坑?

前方部から後円部を見る

くびれ部から後円部を見る

後円部から前方部を見る

後円部 調査時のトレンチ痕

 天王塚古墳の周りには、他の墳丘が見当たらない。

急いで戻って、前山B支群の見学を続ける。

前山B地区
岩橋千塚古墳群
和歌山市岩橋・寺内
2016/12/5

前山A地区のA2・A5号墳から西へ行くと、前山B地区に入る。

前山B地区の古墳配置図
  (現地案内板より)



この地図は、上が南、下が北。

この図では、
 左(東)上の前山A地区から、右(西)上の前山B地区へ歩く。



左奥・新B61号墳 右・前山新B62号墳

前山A地区から前山B地区に入ってすぐにある。

古墳名に「新」と付いているが、どういう意味か?


手前右・前山B2号墳
   
     左奥:・前山B1号墳


 前山B39号墳

丸い墳丘

石室跡か?


 前山新B60号墳

墳丘

竪穴式石室が残っている。


 前山B新61号墳

    
径10mくらいの円墳 




 前山B3号墳

墳丘

 2基の竪穴式石室が平行に並んでいる。


 前山B41号墳
 径8mの円墳
 古墳の北西では幅2m・深さ0.45mの周溝が確認されている。
 
横穴式石室があるが、平成16年度の発掘調査後に埋め戻しされている。
    玄室幅1.62m・長さ1.82~1.86m 小型で正方形に近い。
  
 須恵器が出土
 
7世紀初頭の築造と推定されている。   前山B古墳群中では、比較的新しい古墳。

横穴式石室 図 (説明板から)

墳丘


 前山B42号墳

    
径10m前後の円墳
 前山B45号墳

   
径10m前後の円墳


 前山B44号墳

墳丘

横穴式石室は天井が開口している。


 将軍塚古墳(前山B53号墳)  標高約150mの岩橋前山山頂付近にある。
 墳長42.5mの前方後円墳
 
前方部と後円部の両方に横穴式石室がある
  現在公開している後円部の石室は玄室長3.3m・幅2.2m・高さ4.3m
  
 盗掘されていたが、
  後円部石室から、銀環、水晶製平玉、ガラス製の小玉・梔子玉、須恵器・土師器
  前方部石室から、ガラス製小玉・須恵器・馬具が出土


 
6世紀後半の築造と推定されている。



将軍塚古墳後円部石室 (説明板から)

天王塚に次いで天井の高い石室。
石室には石棚と石梁があり、羨道にも石梁がある。

羨道は2枚の扉石で閉じられ、
玄室よりも約20cm床が高く造られている。
玄室の床には川原石が敷きつめられ、
床下には排水溝がめぐらされている。



左・後円部

右・前方部

後円部

後円部から前方部を見る

前方部から後円部を見る

前方部先端

横穴式石室入口

羨道から玄室

玄室内部

玄室から玄門を見る 高い天井!

玄室床面

玄室から外を見る







将軍塚古墳周辺の古墳 (説明板から)

この図は、下が北である。

岩橋丘陵の稜線上に位置する将軍塚古墳(長さ42.5mの前方後円墳)は、
   前山B地区で最も大きい古墳。


将軍塚古墳の東側には、径8~15mの円墳が分布している。
その多くは南から南東方向に石室の入口がある。



 知事塚古墳 (前山B67号墳)  岩橋丘陵の主稜線上につくられている。
 全長34.5mの前方後円墳
  後円部径16.2m・高さ4.5m 前方部幅20.5m・高さ4m
 くびれ部の北側には造り出しが存在する。
 
後円部に西側に開口する横穴式石室と、
  
前方部に、北東側に開口する小型の横穴式石室と竪穴式石室が確認されている。

 墳丘から須恵器片のほか、埴輪片が出土している。

後円部頂  右の木の根元に穴

 木の根元の穴の拡大 よく見えない・・・

くびれ部から後円部を見る

墳丘図  (説明板から)






知事塚と周辺の古墳 (説明板から)

この図は、上が北となっている。

知事塚古墳(34.5mの前方後円墳)周辺には径8~18mの円墳が分布している。

前山B68号墳・前山B111号墳は、横穴式石室の玄室の長さ2.2~2.5mで
      いずれも玄室入口側の壁の中央に玄室前道と羨道が取りつく形をしている。

前山B69号墳・B199号墳は、
   横穴式石室の玄室の長さ1.3m・幅が1.8~1.9mで、T字形石室。



 前山B111号墳
 径14m・残存高さ1.5mの円墳
 
長さ2.25m・幅1.8mの横穴式石室がある。
   石室の入口が緑色片岩で左右対称に積み上げられていることから、
     石室構築技術の発達した
6世紀中ごろ以降の築造と推定されている。

 石室南壁の崩壊のため、石室図化作業を行ったうえで埋め戻している。


横穴式石室図  (説明板から)
玄室入口側の壁の中央に           
玄室前道と羨道が取りつく形をしている。

墳丘




前山B110号墳、奥はB103号墳






 前山B109号墳
 全長20mの帆立貝形古墳
    丘部径15m・方形の長さ5m・幅5m
 
横穴式石室の玄室は長さ2m・幅1.9mと正方形に近い。  南向きに開口している。

墳丘

墳頂には穴が開いている。


 郡長塚古墳 (前山B112号墳)
 全長30.5mの前方後円墳
   後円部径22m 前方部幅16m・長さ8.5m・高さ1.2m  (帆立貝形古墳)
 
後円部には、西側に入口のある横穴式石室があるが、石室保護のため閉鎖している
   石室全長7.6m   玄室長2.7m・幅2m・高さ3.3mが完存している
   石棚がある。
 
6世紀中ごろの築造と推定されている。


左・前方部

右・後円部

後円部から前方部を見る

前方部から後円部を見る


 前山B118号墳
 径11m・残存高2mの円墳
 
横穴式石室があるが崩壊と埋没により正確な規模は不明
   長さ3m奥壁幅2m以上で東の谷に向いている。
 
6世紀中ごろから後半の築造と推定されている。

墳丘

横穴式石室


 前山B147号墳

前山B147号墳は左側の墳丘 穴がある。

横穴式石室の玄室内から玄門を見る


 前山B135号墳

前山B135号墳は右手前の墳丘

横穴式石室


 前山B289号墳

墳丘

石室


 前山B134号墳
 径14mの円墳
 
横穴式石室は長さ1.14m・幅1.87mの小型のT字形石室

 昭和41年に、この前山B134号墳と、石棚のある横穴式石室をもつ前山B131号墳の調査。

墳丘

横穴式石室の穴

前山B134号墳を過ぎて西に行くと、大日山地区に入る。

大日山35号墳へつづく

トップページ