吉備路へ・・・・    その7  操山古墳群から

2012/3/30 3日目。赤磐市の両宮山古墳や鳥取上高塚古墳の見学後、岡山市に戻る。

岡山市西部の地図

操山古墳群
岡山市中区沢田ほか
撮影日2012/3/30

操山は、岡山市中心部の東に位置し、標高130mから170mの山々が東西方向に連なる丘陵地。
南側斜面は市街化が進み住宅地となっているが、
北側は里山のたたずまいを残した集落が点在し、果樹園や畑、竹林が広がっている。
操山古墳群の北部分は操山公園となっていて、里山センターがあり、ハイキングなどが楽しめる。
午後4時45分 里山センター 着。

見学した操山古墳群の位置関係

@ 沢田大塚古墳
A 金蔵山古墳
B 柿の木塚古墳
C 操山34号墳
D 丸山不動古墳

E 湊茶臼山古墳
F 網浜茶臼山古墳
G 操山109号墳

操山丘陵全体では200基を超える古墳が存在している。

里山センターの職員の方に、沢田大塚の行き方を聞き、狭い道を車で進み、沢田大塚近くに駐車。

沢田大塚古墳
操山古墳群・操山公園内
岡山市中区沢田ほか
撮影日2012/3/30

群中最大の横穴石室がある。操山北側の尾根先端部に位置する。
沢田大塚古墳径16m・高さ4.7mの円墳で大型の横穴式石室が開口している。
左片袖式の横穴式石室は全長11.4m、玄室長4.8m・幅2.8m・高さ3.2m、羨道長6.4m・幅1.7m・高さ1.7m。
奥壁は巨石三段積み、天井、玄門部にも巨石を使用している。
6世紀後半の築造と推定されている。
吉備の三大巨石墳(こうもり塚古墳・箭田大塚古墳・牟佐大塚古墳)が一段から二段積みであることから、
澤田大塚古墳がわずかに先行して築かれた可能性が高い。


 沢田大塚古墳
  径16mの円墳だから、決して大きくないけど・・・・⇒

 沢田大塚古墳
  ・・・・群中最大の石室がある。

 沢田大塚古墳 石室内部
     高さ3.2m

 沢田大塚古墳  石室内部から外を見る

説明板は見当たらない。

柿の木塚古墳
操山古墳群・操山公園内
岡山市中区沢田ほか
撮影日2012/3/30

金蔵山に行く途中 道沿いに墳丘がある。
ほぼ北に開口している。


柿の木塚古墳(操山33号墳)

かわいい小さな墳丘だが、石室が開口している。

背後は金蔵山

石室は長さ4.5m・幅1.7m・高さ1.7m

写真を写しただけで、じっくりとは見学していない。

操山34号墳
操山古墳群・操山公園内
岡山市中区沢田
撮影日2012/3/30

柿の木塚の小道をはさんで東にある。


操山34号墳

石室が開口しているらしい。

写真を撮っただけで、そばまで行っていないので、よく分からない。




金蔵山古墳
操山古墳群・操山公園内
岡山市中区沢田ほか
撮影日2012/3/30

操山古墳群の中で一番大きい古墳。岡山県内では4番目。
説明板がある。

金蔵山古墳実測図

金蔵山古墳
は、全長165 mの前方後円墳 
 後円部径110 m・後円部高18m、前方部長66m・高さ15.5m
 前方部はほぼ北に向いている。
 後円部は三段、前方部は二段築成
 くびれ部あたりの両側に造出と思われるものがある。
各段のテラスには埴輪がめぐり、斜面には葺石あり。
 墳端を示す円筒埴輪列も確認されている。
 埴輪は、円筒埴輪のほかに、盾・きぬがさ・鰭付きぬがさなどか組み合わされていて、
      水鳥・家・鶏・短甲・囲形などの形象埴輪も発見されている。
後円部には、方形の埴輪列が2区画(中央区画と南側区画)あり、この下にそれぞれ竪穴式石室が発見された。
 中央の竪穴式石室は痕跡しか残らないほど破壊されていたが、
     この東に接してあった副室は未盗掘で、4個の埴製合子ほか多量の副葬品が出土した。
 南区画の竪穴式石室は盗掘を受けていた。
墳丘上から鏡・土師器の皿や高杯・滑石製刀子
中央石室から硬玉棗玉・碧玉製管玉・碧玉製鍬形石片・碧玉製筒型品片などの玉類や、
  筒型銅器・刀・剣・鏃・鉾・ヤリガンナ・刀子・甲・その他の鉄製品などがある。
中央石室の副室からは、
  鉄製農具・工具・武具や鋳鉄製斧形品・銅器・碧玉製釧形品などの入った合子4個や、
  鉄鏃・刀子・鋸・ヤス・釣り針ほか40以上の櫛が出土
南側石室から鏡・碧玉製管玉・滑石製勾玉・琥珀丸玉などのほか、 
  剣・刀・鑿・ヤリガンナ・鏃・短甲・針・異形品などの鉄製品や櫛が出土
前方部からもきぬがさや楯形の埴輪が発見されているので、前方部にも埋葬が行われていたと推定されている。
1953年に測量調査と後円部頂の正式な発掘調査。2000年に墳裾の調査。
4世紀末の築造と推定されている。
       (参考:1959年倉敷考古館研究報告「金蔵山古墳」
           2008年市教育委員会「金蔵山古墳」
           岡山市デジタルミュージアム           )


 金蔵山古墳 南側から後円部に上がる
  向こう側が前方部。

 金蔵山古墳 後円部の石室配置図
   (1959 「金蔵山古墳」倉敷考古館から)

 金蔵山古墳 後円部に穴が・・・・・    ⇒

 金蔵山古墳 穴に近よると・・・・
        竪穴式石室が露出している!

 金蔵山古墳穴にカメラを突っ込んでみると・・・
  きれいなせん積みが見えた!

 金蔵山古墳 左の写真の少し右側
  露出したままなのに、きれいに残っている!

 金蔵山古墳 後円部には、他にもくぼみがある。
  中央石室のものか?その副室のものか?

 金蔵山古墳後円部には石材もある。
  天井石か?

 金蔵山古墳 後円部から前方部を見る

 金蔵山古墳 前方部から後円部を見る




金蔵山古墳 前方部のなぞの石材


前方部の、石室?・・・・

金蔵山古墳から、駐車した所に戻る時に私一人だけ道に迷い、丸山不動のもっと先まで行ってしまった。
どんどん暗くなり、こんなところで遭難したらどうしよう・・・と心配した。が金蔵山古墳まで戻り、事なきを得た。
丸山不動を見た時、これは古墳(石室)だと思ったが、心のゆとりがなくじっくり見学しなかった。

迷子になったせいで、随分暗くなってしまったが、操山公園を出て、
南側の住宅地や墓地にある操山古墳群を見学に行く。

この南側の住宅地や墓地のある一帯は、岡山市東南部の操山丘陵の一部で、この西南部一帯を「東山」という。
古墳時代当時は海が入り込み、岬のように海に飛び出した丘陵地帯だったようだ。

湊茶臼山古墳
操山古墳群・東山地区
岡山市中区湊
撮影日2012/3/30

午後6時を過ぎてしまった・・・・

周辺の団地造成の際に重要な古墳として保存された。
まわりが住宅地になっているが、ヤフー航空写真で見ると、盾形の森が残っていて、前方後円墳と分かる。
平成20年から23年にかけて、4年計画で発掘調査が実施されていた。



湊茶臼山古墳実測図 (H20年湊茶臼山古墳現説資料から)

全長125mの前方後円墳(周辺の段を含めると約150mとなる。)
後円部径72m・高さ11m 前方部幅60m・高さ5m
後円部3段 前方部2段築成
葺石はなし
前方部の北側に方形壇(島状遺構)があり、前方部と陸橋でつながっていた。
前方部前端側の墳丘外に葺石状遺構・方形造出状の地形・周堤状遺構がある。

後円部周囲に整地や造成による段が伴う。

後円部の中央に巨大な撹乱坑(径3.5m・深さ3.5m以上)があるが、埋葬部は見つかっておらず、(もともとなかった?)
中心部からすこしずれた所に2基の埋葬施設がみつかっている。
 第一主体は木棺直葬(粘土被覆)で、4.5×2mの大きさ。
 第二主体は粘土槨で、7.5×2mの大きさ
 この二つの埋葬施設は、古墳の規模から見ると非常に貧弱なもの。
埴輪はあるが出土量は少ない。(円筒・朝顔・家・楯・草摺)
土師器、陶質土器(?)、鉄器(第一主体)などが出土している。
4世紀末〜5世紀初頭の築造と推定されていて 金蔵山より新しいと考えられている。
    (H20〜23年 1次〜4次湊茶臼山古墳現説資料から)


  湊茶臼山古墳登り口

 湊茶臼山古墳 前方部から後円部を見る

 湊茶臼山古墳 前方部北側の方形壇(島状遺構)

 湊茶臼山古墳 後円部から前方部を見る


湊茶臼山古墳 後円部

近代のものとみられる
       円形の石積みがある。

発掘調査では、中心埋葬がみつからないことから、
何らかの事情で古墳の主が埋葬されなかった可能性があるともいわれていて、不思議な古墳だ・・・・。

網浜茶臼山古墳(操山108号墳)
操山古墳群・東山地区
岡山市中区赤坂南新町

墓地の中に埋もれている古墳。標高40mの山頂にある。

網浜茶臼山古墳実測図
  (岡山市埋文センター「「網浜茶臼山古墳・操山109号墳」見学会資料から)

網浜茶臼山古墳全長92mの前方後円墳
後円部径56.5m・高さ8m以上・墳頂径19m 
前方部幅41m・長さ4.5m・高さ4.5m くびれ部21m

葺石あり
竪穴式石槨(安山岩板石積み)と推定されている。
特殊器台埴輪 特殊壷形埴輪が出土

墳丘全域が墓地となっており、墳丘の破壊が著しい



1989年 操山109号墳と一緒に測量調査。


網浜茶臼山古墳  南側から見る。

頂上の木が生えているあたり。最高所にある。
実は真っ暗だけど、写真補正で何とか見えたかな?
  右側が前方部




最古の古墳としての特徴を備えていて、旭川東岸では最古最大の古墳と考えられている。

操山109号墳
操山古墳群・東山地区
岡山市中区赤坂南新町

網浜茶臼山古墳の100mほど南にある。こちらも墓地となっていて原形をとどめていない。
網浜茶臼山古墳から南にのびる尾根の先端にある。
(正直なところ、よくわからない。)



操山109号墳実測図
  (岡山市埋文センター「「網浜茶臼山古墳・操山109号墳」見学会資料から)

操山109号全長76mの前方後円墳
 後円部径45m・高6.5m・頂径14m 前方幅40m・長33m・高3.5m、くびれ幅17m、
葺石あり(小児頭大角礫・円礫)、
造出なし、周濠なし、周庭なし
墳丘の破壊が著しい
竪穴式石槨(安山岩板石積み)と推定されている。
特殊器台埴輪 特殊壷形埴輪が出土

網浜茶臼山古墳と同様に古墳時代初期の築造と推定されていて、
操山一帯では、このあたりから古墳の築造がはじまり、
徐々に東へ東へとすすんでいったのではないかと考えられている。
1989年 網浜茶臼山古墳と一緒に測量調査。

操山109号墳  東側の100m以上離れたところから見る


写真まん中、小さな林となって残る。

後円部の中心部が残っている程度で、前方部は削平されている。

実は真っ暗だけど、写真補正で何とか見えたかな?苦しい〜・・・・






今日の宿泊は、「岡山スクエアホテル」(岡山市北区田町) 繁華街にあるホテル。
「岡山表町食堂」にて夕食、疲れ過ぎてなかなか食べられない。
「セブンイレブン」で買い物して、ホテルに戻る。
おやすみなさい!

2012/3/31  吉備路 4日目、最終日。
午後5時に大阪の長男宅に行く約束があるので、逆算すると、午後2時半には、岡山を出なければいけない。

7時45分 ホテル発、  小雨が降っている。

岡山市東区・瀬戸内市・備前市の地図

浦間茶臼山古墳
国指定史跡
岡山市東区浦間
撮影日2012/3/31

8時26分 浦間茶臼山古墳 着
雨が降ってるので、墳丘に上がるのはやめた。



浦間茶臼山古墳 実測図
(H23年度 岡山市埋文センター講座「弥生墳丘墓と前期古墳」資料から)

全長138mの前方後円墳
後円部径81m・後円部高13.8m 前方長61m
後円部は三段築成。
前方部が三味線のバチ形に開く最古形式
葺石あり、最も古い埴輪である都月型埴輪も採集されている。
後円部中央にある竪穴石室は、
長さ7m・幅1.2mで、長大な割竹形木棺が納められていたと推測されている。
盗掘(現在頂上には巨大な乱掘壕が残る)されていたが、
細線式獣帯鏡片・銅鏃・鉄刀・鉄鏃・鉄のみ・鉄斧・刀子・ヤスなどが出土。

3世紀末の築造と推定されている。

箸墓古墳の2分の1の規格で造られた?
1988年発掘調査
   (説明板・岡山市デジタルミュージアムから)



浦間茶臼山古墳全景 
        北西から見る


左(東北東) 前方部

大きな墳丘だ!


吉備地方最古の前方後円墳と想定されている。

宮山西塚古墳
市指定史跡
岡山市東区百枝月
撮影日2012/3/31

8時48分 宮山西塚古墳 着。

説明板がある。
宮山西塚古墳は、丘陵南側の小さな谷状地形の東斜面に位置する。墳丘が山寄せ状に築かれている。
 現在は南北17.0m・東西12.2mの楕円形墳だが、元は径25m・高さ6mの円墳と考えられている。
 背後には幅8〜9mほどの周濠がめぐる。
 南側に開口する横穴式石室は、全長13.5mで、岡山県下で8位の規模。
  玄室の長さ5.3m・同幅1.5〜1.6m 羨道の長さ8.2m・同幅1.3〜1.5mで入口に向かって広がっている。
  両袖式だが、袖の突出度は弱い。
  羨道奥、玄門手前に竜山石製の刳抜式家形石棺が残る。蓋石は壊失し身が殆ど埋まっている。
  石棺の身は長さ168cm・幅92〜98cm
かつて内部からは勾玉が出土したともいわれているが。
玄室と羨道の幅や高さにあまり差がみられないことから、6世紀後半の築造と推定されている。

背後の丘陵の主に西寄りには数基の横穴式石室墳が散在し、
 東寄りの尾根では古墳時代前・中期の小古墳が数基ずつ列をなすところがあり、弥生時代の銅鐸出土地もある。

          (説明板・岡山市デジタルミュージアム・「吉備の古墳」から)


 宮山西塚古墳 墳丘

 宮山西塚古墳 石室開口部 
 入口に祠がある。

宮山西塚古墳 開口部から内部を見る
祠の奥に、埋まった石棺の身が見える。

宮山西塚古墳 玄室

宮山西塚古墳
玄室から入口を見る

宮山西塚古墳 羨道から入口を見る
石棺は羨道にある。

百枝月の公会堂に行くが分からず、通りがかりの男性にきき、ようやくたどり着く。
百枝月
の集落は広いので、地元の人に聞くのが、いいかもしれない。
集落に入っていく道に案内板があるというが、目に入らなかった。

瀬戸内市・備前市へ。・・・・・吉備路 その8へつづく

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