更新日 2014/9/23

四国の遺跡めぐり
第17回 徳島県その1
阿波市@・美馬市@
2014/4/20〜26

四国の旅6日目、午後5時を過ぎて、香川県から徳島県に入り、
道の駅どなり
で休憩後、土成丸山古墳へ。

阿波市の地図

土成丸山古墳
市史跡
阿波市旧土成町高尾
撮影日2014/4/25

県道139号線沿いにあるので、分かりやすい。説明板あり。
徳島県埋文総合センターオフィシャルサイトも参考にさせていただいた。




土成丸山古墳
実測図
  (古墳辞典から)
  
復元径40m・高さ6.5mの円墳
  県下最大の円墳   標高24.5mの平地につくられている
   幅14m弱の周壕を持つ。   2段築成  葺石あり   
   形象埴輪・円筒埴輪が立て並べられていたと考えられている。
   朝顔形埴輪も出土している。
  内部主体は、発掘調査されていないので不明
  
5世紀中ごろの築造と推定されている。
  昭和59(1984)年に測量調査 



土成丸山古墳

墳丘には墓が残る。

田畑や墓地による削平を受けていて、
墳丘の状態は良くない。

周壕跡か?

墳頂 以前は墓地だった。

もう一つ見学する時間があると考えて、北岡東・西古墳を選び、50分後到着
ちょっと遠かった・・・・。

北岡西古墳
県史跡
阿波市旧阿波町北岡
撮影日2014/4/25

インターネットで調べて、ナビにセットしておいたので、自然に墳丘前に着いた。
午後6時半ごろなので、写真が暗い。
簡単すぎる説明板あり。

 北岡西古墳は、径10mの円墳
  
横穴式石室が南に開口している。
  段の塚穴型の石室で、天井の中央部の高さは3.2m 

墳丘は町道で一部削られている

羨道付近は太平洋戦争末期に積み変えられたという。

羨道から玄室を見る

玄室内部

天井
結晶片岩五枚を前後から持ち送る穹窿式

玄室から外を見る

 

北岡東古墳
県史跡
阿波市旧阿波町北岡
撮影日2014/4/25

北岡東古墳は、北岡公会堂の裏にあるというが、よく分からない・・・・。
北岡西古墳のそばの民家で帰宅したばかりの男性に、北岡公会堂の場所をきき、向かう。

北岡西古墳と北岡東古墳は、300mほど離れて東西に並んでいるが、まっすぐ行く道がない。
道路から階段を上がった所に公会堂(集会所)があり、公会堂の後ろの高台に墳丘がある。
簡単すぎる説明板あり。
徳島県埋文総合センターオフィシャルサイトも参考にさせていただいた。

 北岡東古墳は、径15m・高さ5mの円墳  標高45mの吉野川の河岸段丘先端にある。
  
段の塚穴型の東限となる横穴式石室が南東に開口している。
   全長5.26mの両袖式で、結晶片岩で築かれている。
   玄室長3.1m・奥壁幅2.02m・中央部高さ2.24m、
   羨道長2.16m・幅0.8m・高さ1.17m
   石材は結晶片岩の河原石と割石を使用
  
6世紀後半の築造と推定されている。
  1976(昭和51)年に内部主体の実測調査


北岡東古墳

公会堂(左)の後ろにある墳丘

復元墳丘?


石室入口 崩れそう 

カメラを突っ込んで撮影 天井は見えない・・・

「段の塚穴型」という名の由来となった「段の塚穴古墳群」は、翌日最初の見学となる。

午後6時50分、今から14kmほど東にあるホテル「セントラル鴨島」に行く。
午後7時40分、ホテル着。
今日もコンビニ弁当の夕食・・・・

4月26日、土曜日。四国の旅最終日。
         今夜は大阪府在住の長男宅に宿泊予定。
ホテル「セントラル鴨島」のバイキング朝食を済ませ、午前7時40分出発。
徳島にはたくさんの古墳があるが、午後4時ごろには、四国を出なければならないので、見学地を削って、削って・・・・・・

土成ICから徳島自動車道に入り、美馬IC
へ。丹田古墳をあきらめ、段の塚穴古墳の見学。

美馬市の地図

段の塚穴古墳群
国史跡
美馬市旧美馬町坊僧
撮影日2014/4/26

昨日最後に見学した北岡西・東古墳の西約10kmにある。
県道12号線のすぐ北の河岸段丘縁辺にあるが、
   入る脇道への案内が小さくて通り過ぎてしまい、なかなか着かなかった。

案内板・説明板・駐車場 完備!
徳島県埋文総合センターオフィシャルサイトも参考にさせていただいた。

 段の塚穴古墳群
  吉野川中流の北岸の河岸段丘にある古墳時代後期の
太鼓塚古墳と棚塚古墳の2基の円墳の総称で、
    どちらも古墳時代後期の築造と推定されている。
  どちらも横穴式石室があるが、玄室はこの地方独特の「段の塚穴型」といわれる形態。

  「段の塚穴型」
  
玄室は
   中央部が大きく膨らむ胴張りの平面形態になっていて、
   天井部は石材が階段状に積み上げられ
   中央部がもっとも高くなるようにドーム状になる。

 「段の塚穴型」の石室構造は、旧美馬郡にある古墳に共通してみられる特徴である。



段の塚穴 散策図
              (現地案内図から)

立派な駐車場があるが、そこに至る道は狭い。


 太鼓塚古墳は、東西37m南北33m・高さ10mの円墳
  南に開口する
両袖式横穴式石室は全長13.1m 玄室長4.6m 最大幅3.8m 最大高さ4.2m
   徳島県では最大規模の石室で、いわゆる段の塚穴型石室の指標となる構造をしている。 
   羨道は入口に向かってバチ形に開く。
   奥壁には、途中に補強のための石梁を組み込んでいる。
  1951(昭和26)年、墳丘西裾から、須恵器・土師器・埴輪・馬具などが出土
  
6世紀後半〜7世紀初頭の築造と推定されている。



太鼓塚古墳の横穴式石室
  
「段の塚穴型」
               (現地案内図から)

東から見た太鼓塚古墳

石室入口

開口部から羨道を見る
羨道は手前側でバチ形に開く

羨道から玄室を見る

玄室 奥壁から天井にかけて
奥壁真中に、大きな石が組み込まれている。

天井を見上げる
天井は前後から天井石を
各三枚ずつ斜めにせり出す穹窿式

玄室から外を見る

羨道から外を見る

30m西に棚塚古墳がある。

 棚塚古墳は 径20m・高さ7mの円墳
  
南に開口する横穴式石室は、全長8.7m 玄室長4.6m 最大幅1.9m 最大高2.8m
   玄室の長さは太鼓塚古墳と変わらないが、幅と高さはやや小さく、石材も小ぶりである。
   天井部はドーム形だが、壁面の立ち上がりの傾斜は太鼓塚に比べると緩い。
   奥壁が巨大な一枚岩でできており、石室の奥壁に接して1.2mの高さに石棚がある。
  出土遺物は知られていない。

太鼓塚古墳から見た棚塚古墳

南側に開口している

入口から羨道を見る

玄室内奥壁を見る 石棚がある

石室内部から外を見る
段の塚穴型の持ち送り

石棚。
石棚の上の石は斜めにせり出している。

古墳名の由来となる。

段の塚穴型がわかったところで、次回へ続きます・・・・・。

野村八幡神社古墳につづく

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