更新日2014/8/18

四国の遺跡めぐり
第12回 香川県その4
丸亀市・坂出市
2014/4/20〜26

4月24日、四国の旅は、5日目に入る。
瀬戸大橋温泉・せとうちそうのバイキングの朝食を終え、7時55分出発。

丸亀市・坂出市周辺の地図

約30分で、青ノ山山頂。

青ノ山古墳群
国史跡
宇多津町青の山・丸亀市土器町東
2014/4/24

宇多津町と丸亀市の境にある青ノ山は、標高224.5m。
山頂は、山頂広場という公園になっている。駐車場完備。
青ノ山には、古墳時代前期から終末期にかけての古墳が20基ほど残っている

青ノ山1号墳  宇多津町・丸亀市の教育委員会の共同の説明板がある。

山頂にある。
 一辺9m・高さ2.5mの方墳
 安山岩・自然石を加工した大型の石材などを組み合わせて築いた石垣状の積石により墳丘を形成している。
 南に開口する横穴式石室は、全長6m  玄室長3m・幅1.7m・高さ1.5mの両袖式
 金銅製耳環が出土している。
 6世紀末〜7世紀初頭の築造と推定されている。


1号墳全景 、横穴式石室が完全に露出

石室入口 天井石も一部無い

奥壁側から見た天井石

玄室内部

横から見た天井石 右が奥壁側

玄室内部から入口方向を見る

山頂から南に少し下りた所に8号墳・9号墳がある。

青ノ山8号墳 丸亀市教育委員会の説明板がある。
 径13mの円墳。 昭和57年発掘調査
 L字型をした横穴式石室は県内では6号墳と8号墳の2基のみ
  玄室には棺台と推定される石が6個遺存している。
  玄室と羨道の境には仕切石があり、副葬品がその周囲に集中していた。
  玄室長さ2.1m・幅1.5m・高さ1.6m以上  羨道長さ4m・幅1m
 出土品は
  須恵器(杯蓋7・杯身5・短頸壺4・直口壺1・台付長頸壺1・堤瓶1)、
  装身具(金環1・管玉2・小玉5・ガラス製臼玉8)、 鉄製品(刀子2・鉄鏃数本) 
 6世紀後半の築造と推定されている。                         (説明板から)


青ノ山8号墳の保存

説明板の奥、柵に囲まれた所に
    L字型の石室が保存されている。

長い羨道部  天井石は無い

羨道から玄室を見る 
玄室と羨道の境には仕切石がある。
玄室床面には棺台の石が6個残っている。

玄室から羨道を見る

奥壁側から石室を見下ろす



8号墳の近くには、他にも石材が露出している

9号墳か?



山頂広場から南の尾根筋は、青ノ山墓地公園となっていて、6号墳は墓地公園のすぐ西側に保存されている。

青ノ山6号墳  丸亀市教育委員会の説明板がある。
 円墳
 横穴式石室
現存長3.5m、玄室長1.5m、幅2.5mの片袖式。
 出土は
  装身具(平玉1・管玉6・小玉28)  須恵器(杯13・広口壺1・長頸壺1・短頸壺3・堤瓶4)
  土師器(壺1)   鉄製品(刀1・鉄鏃馬具等若干) 
 昭和51年発掘調査      (説明板から) 
6号墳は、8号墳とよく似たL字型の石室を持つ。県内でL字形の石室は青ノ山6、8号墳だけ。

6号墳墳丘 柵の中には石室が保存されている。

羨道から奥を見る

羨道脇から玄室を見る  右玄室

奥壁側から、羨道を見下ろす

土地造成工事により、墓地公園南の尾根筋が姿を変え、
その小高い頂部にあった7号墳が壊され、青ノ山1号窯跡のそばに移築保存された。



墓地公園からすぐ南の下方に
   窯跡と7号墳移築石室が見える。



その向こうには讃岐富士(飯野山)


飯野山は讃岐富士と呼ばれ標高421.872m。

讃岐七富士」の一つ
丸亀市と坂出市の境界にある。


讃岐七富士はほかに
三木富士  202.65m  (白山・三木町」、   ・御厩(ミマヤ)富士  317m (六ツ目山・高松市と国分寺町)、
羽床(ハユカ)富士  201.55m (堤山・丸亀市と綾川町)」、  ・綾上(アヤカミ)富士  512.02m  (高鉢山・綾川町)、
高瀬富士  214m (爺神山・三豊市)」   ・有明富士  153.08m  (江甫草山・観音寺市)」

青ノ山1号窯(登り窯)跡  県史跡
 昭和54年土地造成中に発見されたもので、古墳の副葬品である須恵器を供給していた全地下式穴窯の窯跡。
 出土品から、操業していたのは6世紀後半〜7世紀初めと推定されている。




 7号墳と窯跡の説明文が刻まれた石碑

奥上方に、窯跡

土管みたいに保存されている

窯跡 内部

窯跡の横に7号墳の石室が移築保存されている。

青ノ山7号墳 (竜塚)
 径25mの円墳
  南に開口する大型の両袖型横穴式石室がある。
 6世紀末の築造と推定されている。
 青ノ山古墳群(1号墳〜9号墳)の中で最大規模の古墳だったが、土地造成工事のため、消滅
 出土した石材で、一部を縮小復元した。  

7号墳移築石室 縮小復元・・・・・
石材は本物だが・・・・・

玄室奥壁には、
巨大な花崗岩の鏡石があったというが・・・・


吉岡神社古墳
国史跡
丸亀市飯野町東分
2014/4/24

青ノ山の南の麓近くに、吉岡神社がある。神社の背後(北側)に墳丘がある。
丸亀市教育委員会の大きな説明板がある。

吉岡神社古墳は、山頂から西南に延びる尾根の先端部を利用してつくられている。


墳丘実測図

吉岡神社古墳
全長51mの前方後円墳
 後円部径24m・高さ4m 前方部長さ27m・高さ1m

前方部がバチ形に開く
古式布留式土器が出土している

4世紀前半の築造と推定されている。





江戸時代に盗掘を受けて、鉄刀子片、銅鏃5、筒型銅器1が出土した。

平成3〜4年の発掘調査では、
竪穴式石室(長さ5.5m・幅0.8m・高さ1m 床面幅0.7m)から
  新たに留式土器土器2、勾玉1、管玉1、銅鏃16、鉄鏃4が出土
  水銀朱を塗布された被葬者の頭がい骨片が、江戸時代の壺に入れられて発見された。
 また安山岩で築かれた石室の下部には、
  木棺を固定したとみられる段状張出し(幅10cm・高さ30cm)が石室の底を取り囲んでおり、
    張り出しに囲まれた内側に河原石、板石、粘土を順番に敷いて床面をつくっていることがわかった。
 そのほか、赤、黒黄色の3層の粘土被覆が石室の天井石を覆う珍しい構造であることも明らかになった。

         (説明板から)

吉岡神社入口

後円部 上がり口

この下に竪穴式石室が保存されている?

後円部から前方部を見る

前方部から後円部を見る

前方部先端


ハカリゴーロ古墳
市史跡
坂出市西庄町
2014/4/24

竪穴式石室が見学できるというので、
ハカリゴーロ古墳と爺ヶ松古墳は、事前に場所を調べて行ったが、雑木林の中にあり、わかりにくい。

説明板がある。

ハカリゴーロ古墳  綾北平野を見下ろす丘陵上に築かれている。
 積石塚の全長45mの前方後円墳  後円部径26m高さ1m 前方部の長さ19m高さ0.5m
 墳丘は安山岩を積み上げて築いている。
 後円部にある竪穴式石室は、長さ3.7m・幅0.7〜0.9m・深さ1mで安山岩板石を使用している。
    天井石は8枚の板石 1枚が花崗岩で他は安山岩板石
  天井石にはヘビ貝が付着しているものもあり、石材が海岸付近から運ばれていることが指摘されている。
   床面にも安山岩板石が敷かれていて、その上に黄褐色の粘土を敷いていたとされる。
   石室内の西側からは、鏡1面と鉄鏃11点が出土している。
 ほかに小型竪穴式石室(第2主体部)があったが、消滅している。
 前方部にも盗掘されたような跡がある。

 4世紀の築造と推定されている。
 ハカリゴーロの名は、古墳の形がハカリに似ていることと、
   金山などでよく見られる石の集中する場所をゴーロと呼ぶことなどからついたものだといわれている。




前方部から後円部を見る

ご覧のような草ぼーぼー状態

積石塚なので、足もとも良く見ないと危険!
積石も見えなくなってしまいそう・・・・

前方部の積石(盗掘坑?)

前方部の石室天井石? 前方部にも石室がある?

後円部の積石

後円部の竪穴式石室

竪穴式石室内部

反対側は埋まっている。


爺ヶ松古墳 坂出市西庄町
2014/4/24

ハカリゴーロの南約200m。 農作業をしていた人に尋ねてようやく発見!
説明板がある。

爺ヶ松古墳は 丘状尾根上にある 全長50mの前方後円墳
 後円部は径25m・高さ3mの2段築成
 前方部は土で築き、後円部は積石で築かれている
 大和から伝播した前方後円墳にこの地方に多い積石塚が融合したものとも考えられている。
 前方部裾部の広がる柄鏡形で、古墳時代前期(4世紀)の築造と推定されている。
 後円部には安山岩を小口積みにした竪穴式石室(長さ5.7m・幅1m・深さ1.3m)があり、
   天井石の一部が失われているが開口している。
 上方にあるハカリゴーロとともに地域首長墓の一つと考えられている。

後円部

竪穴式石室 水がたまっている。

竪穴式石室内部  天井石がない方向

竪穴式石室内部  天井石がある方向

後円部の積石

後円部から前方部を見る


醍醐古墳群 坂出市西庄町
2014/4/24

どこかに案内表示があるらしいが、見つからない。
HP「古墳とかアレ」様の周辺マップを頼りに探し、2基の墳丘が見つかる。
果樹園の中にあるというが、果樹園は無くなってしまったようで、荒れ放題・・・。
線刻壁画をもつ石室も一部見られるそうだが・・・、

4号墳  線刻があるそうだが、見て来なかった・・・
石が抜かれ、ぼろぼろ状態。

崩れそうな石室が露出

玄室の天井石もなくなっている

奥壁

石室内から入口方向を見る

2号墳 探したがジャングルでみつからず・・・・

3号墳

 一辺20mの方墳と考えられている。
  開口していたのは前室で、その前側に天井を失った羨道があり、複室構造であることが分かった。
  横穴式石室は全長13.8m、
  後室長6.3m・幅2.8m・高さ2.6m以上  前室長4.7m・幅2.1m  羨道長3.1m、幅2.3mの両袖式
  群中最大、県内でも有数の大型石室
  羨道先端から両側に直線状に外護列石が延びている。
  出土した須恵器から、6世紀後半の築造と推定されている。
 1986年に調査が行われている。


開口部手前に天井石が落下している。巨石!

手前は前室 奥室が残っている

奥室内部 立派な石室だ!

奥室内部から入口方向を見る

かなりのジャングルなので、次へ・・・

新宮古墳
市史跡
坂出市203府中町新宮
2014/4/24

JR讃岐府中駅前に案内表示がある。駅の南側の丘陵先端の墓地の隣にある。
説明板がある。

2013年11月2日の現説資料がインターネット上で公開されている。

新宮古墳 一辺20mの方墳  (説明板は円墳となっている。)
  綾川に向かって突き出す尾根上につくられている。
 南に開口している横穴式石室は、全長12mで、羨道を除いて、原形をとどめている。
  玄室は片袖式で、長さ5.5m・間口2m余・高さ2.5m   羨道長4m以上・幅1.8m・高さ1.8m
  石材のほとんどが花崗岩

 新宮古墳の東側にも古墳があったと伝えられている。


新宮古墳実測図
南隣りには納骨堂がある。

複室構造で、奥室が完存しているようだ

横には墓地がある。

西から見た墳丘

羨道はかなり手前にまで石材が散乱

開口部

石室内部

石室内部から外を見る


讃岐に来ているのだから、讃岐うどんを食べたいと、
  探しながら三谷石船古墳方向に進んでいたら、「こかね製麺所空港通り店」を発見、昼食です。

やわらかいうどんが好きな私達には、こしが強すぎた・・・・・

矢野古墳につづく

トップページ